上海女子旅④田子坊でまたまたお茶を [旅日記]
最終日も晴れ♪
この日は夕方5時の飛行機なのでだいたい3時頃には空港につけばいいねということで
午前中だけ観光の予定。
ガイドブックに載っていた「最新スポット」という「思南公館」と「田子坊」というところを訪ねることに。
どちらもホテルから歩いていける。
ホテルのある淮海中路あたりはもともとフランス租界だったので、
よく見ると元はおしゃれだった洋館が多い。
手を入れていない普通の家はかなりボロボロだけど、
リニューアルしてこじゃれたお店になっているところも多い。
思南公館は思ったのと違いきれいすぎて微妙。
いくつかお店が入っていて、あとはコテージ型のホテル。
うーん。
田子坊はガイドブックでは上海のプチSOHOとあったけど、
Yちゃんに言わせると「SOHOではない!」そう。
私はNYに行ったことはあるけれどSOHOに行ってないので比較できず。
田子坊は、南は泰康路、北は建国西路、東は思南路、
西は瑞金二路に囲まれた狭い地域。
路地裏にアートショップやカフェ、雑貨屋さんがひしめいてます。

比較する意味があるのかわからなくなるくらい、
こんなお店が増えるなんて・・・
エスニック料理や写真屋(モノクロの芸術的写真を売ってる)お店なんて
昔はまずなかった気がします。
ここでもまたしてもお茶屋さんに入ってしまう。

またまたいろいろ試飲してプーアル玄米茶と(これがまたくせがなくおいしかった♪)、
ジャスミン茶とお花茶もお買い上げ。
メガネ男子の日本語ペラペラの店員さんがお茶を淹れてくれてねぇ~(笑)
これって作戦?
Yちゃんはお茶器のセットを買おうかとあれこれ迷ったあげく、
茶濾しつきのマグカップに変更。
Yちゃんのご結婚祝いに素敵なお茶器セットを進呈するからね♪
ぶらぶら歩いているとこじゃれたカフェも。

北京にはなかったような。と言っても入らなかったけど。
お昼はホテルのそばで「呉越人家」というラーメンチェーンで。
麺と具が別に出てくるのですが、旨煮風の具を麺にかけて食べました。
これで17元はとってもおいしかったです。
だけど、二人で食べたラーメン2杯分と
その後寄ったスタバのキャラメルフラペチーノ1杯がほぼ同じ値段って・・・
帰りもリニアで空港まで行き、飛行機の違う私とYちゃんは駅でお別れ。
楽しかったです♪
私は4回目の上海ということで
豫園も蘇州も浦東の展望台などもすでに行ったことあったので今回は割愛しちゃったけど、
Yちゃんは満足してくれたかな~?とちょっと後から不安になったりして。
私と違って普通の女の子なので、無理な日程を組まなかったからゆっくりできました(笑)
実はこの旅行の頃、原因不明の顎痛に悩まされていて、
鎮痛剤が手放せなかったのです。
(当初、顎関節症か?とも言われたけれどあくびをしても痛くならないし(笑)、
大口開けられるのでその線は消えて、
今までの疲労の累積で筋肉が痛んでいるのではないかという診断でした。
京都マラソンで歯をくいしばったわけじゃないけど、やっぱり負担があったのかしら?)
だから、旅先ランなどもせずちょうど良かったかな。
今回の上海は、2月の北京のツアー旅行と違って
個人旅行だったのでぶらぶら路地を覗いたりマッサージしたりお茶を買ったりとのんびり。
上海は歴史的にいうとこの150年くらい前から欧米列強の租界ができてから
発展しはじめた都市でそれほど古い建物がない。
だけど、古い洋館風の建物が多くて、
写真が趣味の人ならモノクロで雰囲気良い写真が撮れそう。
道も細いし曲がっているし。
初めて来た時はその細い道を
自転車の大群と古びたバスと歩行者がごちゃごちゃとして大渋滞だったけど、
今回は地下鉄ができたからか自転車が消えてめちゃくちゃな渋滞は見なかったです。
(電気自動車は増えてましたね~。)
街ゆく若者は日本人と同じような服装。
男子のコンタクト率が低いからかメガネ男子は多いけれど、女の子はかなりおしゃれ。
そして、本当にカップルのいちゃつきぶりったらないです(笑)
それに日本語の看板も、日本語の「の」の文字を使った看板も増えました。
久しぶりに使った中国語が案外通じる(あれを通じたと言ってよいのかは別として)のが嬉しくて、
英語が上達したYちゃんにはいつか英語圏でナビをお願いすることにして、
最近ハマっているハングルだけでなくもう一度中国語も勉強しようかな?なんて思ったりして。
アジアの国の一員だし、何より漢字が好きなのですよ、ワタクシ。
(どちらかというと中国の簡体字より台湾の繁体字のほうが好みですけどね)
師匠は北京に行ってから中国の歴史に目覚めたらしく、
次は石窟寺院かどこか古い街に行きたいというので、
小仁(しゃおれん)的中国旅遊はまだまだ続きそうです。
いつか心の故郷、新疆ウィグル自治区にもう一度行きたいな~。
この日は夕方5時の飛行機なのでだいたい3時頃には空港につけばいいねということで
午前中だけ観光の予定。
ガイドブックに載っていた「最新スポット」という「思南公館」と「田子坊」というところを訪ねることに。
どちらもホテルから歩いていける。
ホテルのある淮海中路あたりはもともとフランス租界だったので、
よく見ると元はおしゃれだった洋館が多い。
手を入れていない普通の家はかなりボロボロだけど、
リニューアルしてこじゃれたお店になっているところも多い。
思南公館は思ったのと違いきれいすぎて微妙。
いくつかお店が入っていて、あとはコテージ型のホテル。
うーん。
田子坊はガイドブックでは上海のプチSOHOとあったけど、
Yちゃんに言わせると「SOHOではない!」そう。
私はNYに行ったことはあるけれどSOHOに行ってないので比較できず。
田子坊は、南は泰康路、北は建国西路、東は思南路、
西は瑞金二路に囲まれた狭い地域。
路地裏にアートショップやカフェ、雑貨屋さんがひしめいてます。

比較する意味があるのかわからなくなるくらい、
こんなお店が増えるなんて・・・
エスニック料理や写真屋(モノクロの芸術的写真を売ってる)お店なんて
昔はまずなかった気がします。
ここでもまたしてもお茶屋さんに入ってしまう。

またまたいろいろ試飲してプーアル玄米茶と(これがまたくせがなくおいしかった♪)、
ジャスミン茶とお花茶もお買い上げ。
メガネ男子の日本語ペラペラの店員さんがお茶を淹れてくれてねぇ~(笑)
これって作戦?
Yちゃんはお茶器のセットを買おうかとあれこれ迷ったあげく、
茶濾しつきのマグカップに変更。
Yちゃんのご結婚祝いに素敵なお茶器セットを進呈するからね♪
ぶらぶら歩いているとこじゃれたカフェも。

北京にはなかったような。と言っても入らなかったけど。
お昼はホテルのそばで「呉越人家」というラーメンチェーンで。
麺と具が別に出てくるのですが、旨煮風の具を麺にかけて食べました。
これで17元はとってもおいしかったです。
だけど、二人で食べたラーメン2杯分と
その後寄ったスタバのキャラメルフラペチーノ1杯がほぼ同じ値段って・・・
帰りもリニアで空港まで行き、飛行機の違う私とYちゃんは駅でお別れ。
楽しかったです♪
私は4回目の上海ということで
豫園も蘇州も浦東の展望台などもすでに行ったことあったので今回は割愛しちゃったけど、
Yちゃんは満足してくれたかな~?とちょっと後から不安になったりして。
私と違って普通の女の子なので、無理な日程を組まなかったからゆっくりできました(笑)
実はこの旅行の頃、原因不明の顎痛に悩まされていて、
鎮痛剤が手放せなかったのです。
(当初、顎関節症か?とも言われたけれどあくびをしても痛くならないし(笑)、
大口開けられるのでその線は消えて、
今までの疲労の累積で筋肉が痛んでいるのではないかという診断でした。
京都マラソンで歯をくいしばったわけじゃないけど、やっぱり負担があったのかしら?)
だから、旅先ランなどもせずちょうど良かったかな。
今回の上海は、2月の北京のツアー旅行と違って
個人旅行だったのでぶらぶら路地を覗いたりマッサージしたりお茶を買ったりとのんびり。
上海は歴史的にいうとこの150年くらい前から欧米列強の租界ができてから
発展しはじめた都市でそれほど古い建物がない。
だけど、古い洋館風の建物が多くて、
写真が趣味の人ならモノクロで雰囲気良い写真が撮れそう。
道も細いし曲がっているし。
初めて来た時はその細い道を
自転車の大群と古びたバスと歩行者がごちゃごちゃとして大渋滞だったけど、
今回は地下鉄ができたからか自転車が消えてめちゃくちゃな渋滞は見なかったです。
(電気自動車は増えてましたね~。)
街ゆく若者は日本人と同じような服装。
男子のコンタクト率が低いからかメガネ男子は多いけれど、女の子はかなりおしゃれ。
そして、本当にカップルのいちゃつきぶりったらないです(笑)
それに日本語の看板も、日本語の「の」の文字を使った看板も増えました。
久しぶりに使った中国語が案外通じる(あれを通じたと言ってよいのかは別として)のが嬉しくて、
英語が上達したYちゃんにはいつか英語圏でナビをお願いすることにして、
最近ハマっているハングルだけでなくもう一度中国語も勉強しようかな?なんて思ったりして。
アジアの国の一員だし、何より漢字が好きなのですよ、ワタクシ。
(どちらかというと中国の簡体字より台湾の繁体字のほうが好みですけどね)
師匠は北京に行ってから中国の歴史に目覚めたらしく、
次は石窟寺院かどこか古い街に行きたいというので、
小仁(しゃおれん)的中国旅遊はまだまだ続きそうです。
いつか心の故郷、新疆ウィグル自治区にもう一度行きたいな~。
上海女子旅③朱家角へ 小仁的水郷旅行♪ [旅日記]
3日目は晴天♪
この日の朝食はオークラの中華料理店「白玉蘭」のセットメニュー。
小龍包などの点心もお粥もおいしかった~♪
上海といえばその周辺の水郷の街を散策するのが定番ですが、
水郷の街もたくさんあります。
別格的に有名なのは「東洋のベニス」という蘇州でしょうか?
(ここにはかつて二度ほど行き、寒山寺で「楓橋夜泊」の漢詩の碑を読み下ししていた私に
通りがかった中国の方が中国語で読んでくださって思わぬ合唱、という素晴らしい思い出あり。
中国語のほうが韻を踏んでいて素敵~)
高速鉄道ができたので、杭州も日帰り圏内だそうですよ。
さて、今回の旅は「#9」という小説の舞台をなぞっています。
というわけで、行き先は「朱家角」に決定!
OPツアーでは550元~(約7700円)。
他にも上海体育場の横にある 「旅遊集散中心」からツアーバスも出ているそうですが、
時間が決まったりするのはちょっと、と思い、
地下鉄2号線ととローカルバスで行く方法を選択。
(地下鉄2号線の終点「徐経東」から徐朱線のバスで行く方法です。
これだと、片道11元でした。)
きっと英語も通じないだろうなあ~と、
筆談用のペンとノートを用意していざ出発です。
地下鉄2号線の「南京西路」から乗るためにオークラホテルから北上。
途中ガイドブックに載っていた「静安別野」へ寄ってみる。
古い建物で実際に人が住んでいるのだけれど、なぜか観光地の扱い。
日本でいえば「谷根千」みたいなものなのか?

ひなたで話し込むおばあちゃんたち。声が大きい(笑)

ベランダの作りなど凝っているけれど古さは否めない。
そんな建物の向こうには超高層のビル。
これが上海っぽいとでもいうのでしょうか?
地下鉄の駅が分からず、警備員さんのおじさんに聞くと
「面包房」の下だよ!と親切に教えてくれる。
おぉ~!パン屋の下に地下鉄の入り口発見。聞き取れた自分が嬉しい。
昔は公務員さんは不親切で、
面倒くさいと知ってても「不知道(知らない)」とか「没有(ない)」とか言ったけれど
時代は変わったのですね~。
地下鉄2号線で終点の徐経東からローカル線で「朱家角汽車站」へ。
1時間10分ちょっと。6元でした。
ここも、筆談で乗り場を聞いて「徐朱線」のバスを探して乗れたことが嬉しい。
車掌のお姉さんがかわいかったです。
ただ、不思議なのが、多くの人がスイカみたいな交通カードを持っているのに、
入り口の機械でピッとする人だけでなく、
乗り込んでから車掌さんに行き先を言って車掌さんの持っている機械でピっとする人がいること。
いったい、ハイテクなんだかなんだか・・・
まあ、車掌さんの雇用確保なのでしょうか?
昔は車掌さんが車内を歩き回って切符を売っていたことを思えば便利になったのでしょうね。
徐経東から朱家角までの道のりに、
高級戸建て住宅街がけっこうありました。
ちゃんと門番もいたりして。
だけど住んでる気配のないところもありました。
うーん、早くもバブル崩壊?!
そして、いざ到着♪
明代から続く小さな水郷の街ですが、上海から近いので市民の観光地になっているとか。
日本人はあまりいませんでした。(それらしい人を見たけど確信もてず)

名物の粽。豚肉を醤油で煮たようなものもあります。
同じく名物の熱々の白玉団子(中にゴマ餡とあずき餡入り)には挑戦しました。
バスターミナルから人であふれかえる北大街を歩き、
放生橋につきました。
ここは、願い事をしながら魚を放すという橋で
「#9」にも出てきます(またか?!って感じですが。笑)。

橋のたもとには魚売りのおばちゃんがいて2袋5元をYちゃんが1袋2元にねぎって二人で放すことに。
(確かに1袋には数匹の魚がいました。だけど、今にも死にそうな魚もいてねぇ。涙)

魚を放すワタクシ。
一瞬すぎてお願いを忘れる大失態。

放生橋です。
もう人だらけ。手すりが低いから人が落ちても不思議ではないくらい。
メインイベントもあっけなく終了して、あとは街をぶらぶら。
まずは、阿婆茶楼(翰林扁額博物館となっていて、蒋介石の額も発見)で
お茶しながら運河を見下ろし休憩。
とにかく、北大街も東井街も両側が食べもの屋さんと土産物屋で満員電車のように混んでいる。
そのうえ、途中途中に私の宿敵「臭豆腐」が!
旅先のどんなものでも食べてやる!的な私が唯一無理な食べ物、
その挫折感が悔しい、あの強烈な臭いの食べ物が臭豆腐!ううっ。
いつか食べられるようになってやる!
(一度食べたことがあるけど、二度は食べられなかった)
少し離れてほっとするとまた次の店が売ってる。

この店は臭豆腐も売ってたけど、私の故郷の味(小仁の心の故郷はシルクロードなので。笑)、
羊の串肉が売っていたので、羊と鳥の串肉を買いYちゃんと分ける。
もっとスパイシーなほうがおいしいのだけど、
やはりこれは江南風に少しマイルドになっていたのかしら。
でも、なつかしくおいしい♪
さて、遊覧船にでも乗って帰ろうかということで遊覧船乗り場に向かう。
列を作って静かに待つということを知らない地元の人に負けずに、順番の先頭の位置をキープ。
一人60元で一艘にたぶん10人くらいは乗れそうでしたが、
私とYちゃんで貸切♪グループごとにしてくれる配慮はあるのですね。
良かった良かった。声の大きい中国の家族連れと一緒では負けてしまうから(笑)
船頭さんはおじいちゃん。

なかなか決まってます。後ろに放生橋が見えます。
しかし、おじいちゃん。何か怒鳴ってます。というかこれが地声?
「我们是日本人。听不懂(私たちは日本人です。言ってることが聞き取れません)」と言ってみる。
「アイヤー、听不懂嗎!」と笑ってるから通じたのかと思いきや、まだまだ何かを怒鳴り続けてる。
おじいちゃーん(笑)まいったね、こりゃ。
と突然「回来(帰る)」という単語が聞き取れた!
「対(そう)!」と言い返す。どうやら、最初に乗った船着き場に戻してくれるようです。
身振りからどの運河を通るか聞いてるみたいだけど、まったくわからないので適当にうなずく。
とりあえず、帰る場所が分かったので船から見る景色を楽しむことにした。

けっこう狭いところにも入っていきます。
おじいちゃんの舵捌きが見事です。

石の橋が多い中木の屋根のついた廊橋も見えます。
なかなか楽しい遊覧船の旅も終え、満足したので帰ることに。
ちなみにここ「朱家角」は、韓流どらま「カインとアベル」のロケ地でもあるらしいのですが、
このドラマにソ・ジソプが出ると知りまったく見る気なし。
(全世界のジソプファンのみなさま、ごめんなさいね~)
Yちゃんが英語が全く通じないことに驚いていましたが、
(Yちゃんはお店の人などとコミュニケーションはとれなかったけれど、
通りがかった欧米系の観光客の雑談が聞き取れたそうです。
私にとっては語学番組の英語以外はほぼ聞き取り不可能です。涙)
帰りのバスでは爆睡。
そして、市内に戻り、淮海中路1416号にある「来福楼」という火鍋屋さんへ。
ここは、ガイドブックに寄ると若干高いそうですが、日本人からしたらそうでもないです。

見るからに辛そうな汁とマイルドそうな二種類のだしの鍋にして、
肉、野菜盛り合わせ、ひき肉の湯葉に包みや湯葉みたいなもの、
キノコ盛り合わせなど頼んでみたけれど、
二人なので半分近く残してしまった。
少なめに頼んで追加すればよかった。
おいしかっただけに残念。
辛い方は本当に辛くて、Yちゃんはパクパク食べていたけれど、
私は落花生ダレで中和させながら食べていた。
ここはタレも自分でいろいろ作れる。
お酢や醤油、落花生ダレ、ゴマダレなどにネギやショウガ、にんにくなどを自分で混ぜる方法なので
それもなかなか良かったです。
この日も夜はマッサージ。
ホテルのそばの「水秀坊」というところがガイドブックにあったので、
中医による全身マッサージというのにしてみたのですが、
ちょっと日本語が分かるのにこちらが「痛い痛い!」と言ってるのに
「ツボ」とか言って笑っているので本当にむかついた。
お部屋も個室だったけど、内装など凝ってなくて普通のマッサージ店だった。
受付のお姉さんのおすすめだったけれど、
中医の先生が痛くないなんてウソつき!とっても痛かったよ!
オークラに泊まったら、1日目に行った「風雅堂」がおすすめだと思います。
お部屋でお茶を飲みながらおしゃべりしたりして、
最終日の夜はこうして過ぎていきました。
これがラン仲間との女子旅だったらきっとこの後深夜まで部屋飲みか、
またはここから南京東路か浦東まで繰り出していたかも。
でも、普通の女子はここで大人しく休むのね~と妙に感心したのでした。
この日の朝食はオークラの中華料理店「白玉蘭」のセットメニュー。
小龍包などの点心もお粥もおいしかった~♪
上海といえばその周辺の水郷の街を散策するのが定番ですが、
水郷の街もたくさんあります。
別格的に有名なのは「東洋のベニス」という蘇州でしょうか?
(ここにはかつて二度ほど行き、寒山寺で「楓橋夜泊」の漢詩の碑を読み下ししていた私に
通りがかった中国の方が中国語で読んでくださって思わぬ合唱、という素晴らしい思い出あり。
中国語のほうが韻を踏んでいて素敵~)
高速鉄道ができたので、杭州も日帰り圏内だそうですよ。
さて、今回の旅は「#9」という小説の舞台をなぞっています。
というわけで、行き先は「朱家角」に決定!
OPツアーでは550元~(約7700円)。
他にも上海体育場の横にある 「旅遊集散中心」からツアーバスも出ているそうですが、
時間が決まったりするのはちょっと、と思い、
地下鉄2号線ととローカルバスで行く方法を選択。
(地下鉄2号線の終点「徐経東」から徐朱線のバスで行く方法です。
これだと、片道11元でした。)
きっと英語も通じないだろうなあ~と、
筆談用のペンとノートを用意していざ出発です。
地下鉄2号線の「南京西路」から乗るためにオークラホテルから北上。
途中ガイドブックに載っていた「静安別野」へ寄ってみる。
古い建物で実際に人が住んでいるのだけれど、なぜか観光地の扱い。
日本でいえば「谷根千」みたいなものなのか?

ひなたで話し込むおばあちゃんたち。声が大きい(笑)

ベランダの作りなど凝っているけれど古さは否めない。
そんな建物の向こうには超高層のビル。
これが上海っぽいとでもいうのでしょうか?
地下鉄の駅が分からず、警備員さんのおじさんに聞くと
「面包房」の下だよ!と親切に教えてくれる。
おぉ~!パン屋の下に地下鉄の入り口発見。聞き取れた自分が嬉しい。
昔は公務員さんは不親切で、
面倒くさいと知ってても「不知道(知らない)」とか「没有(ない)」とか言ったけれど
時代は変わったのですね~。
地下鉄2号線で終点の徐経東からローカル線で「朱家角汽車站」へ。
1時間10分ちょっと。6元でした。
ここも、筆談で乗り場を聞いて「徐朱線」のバスを探して乗れたことが嬉しい。
車掌のお姉さんがかわいかったです。
ただ、不思議なのが、多くの人がスイカみたいな交通カードを持っているのに、
入り口の機械でピッとする人だけでなく、
乗り込んでから車掌さんに行き先を言って車掌さんの持っている機械でピっとする人がいること。
いったい、ハイテクなんだかなんだか・・・
まあ、車掌さんの雇用確保なのでしょうか?
昔は車掌さんが車内を歩き回って切符を売っていたことを思えば便利になったのでしょうね。
徐経東から朱家角までの道のりに、
高級戸建て住宅街がけっこうありました。
ちゃんと門番もいたりして。
だけど住んでる気配のないところもありました。
うーん、早くもバブル崩壊?!
そして、いざ到着♪
明代から続く小さな水郷の街ですが、上海から近いので市民の観光地になっているとか。
日本人はあまりいませんでした。(それらしい人を見たけど確信もてず)

名物の粽。豚肉を醤油で煮たようなものもあります。
同じく名物の熱々の白玉団子(中にゴマ餡とあずき餡入り)には挑戦しました。
バスターミナルから人であふれかえる北大街を歩き、
放生橋につきました。
ここは、願い事をしながら魚を放すという橋で
「#9」にも出てきます(またか?!って感じですが。笑)。

橋のたもとには魚売りのおばちゃんがいて2袋5元をYちゃんが1袋2元にねぎって二人で放すことに。
(確かに1袋には数匹の魚がいました。だけど、今にも死にそうな魚もいてねぇ。涙)

魚を放すワタクシ。
一瞬すぎてお願いを忘れる大失態。

放生橋です。
もう人だらけ。手すりが低いから人が落ちても不思議ではないくらい。
メインイベントもあっけなく終了して、あとは街をぶらぶら。
まずは、阿婆茶楼(翰林扁額博物館となっていて、蒋介石の額も発見)で
お茶しながら運河を見下ろし休憩。
とにかく、北大街も東井街も両側が食べもの屋さんと土産物屋で満員電車のように混んでいる。
そのうえ、途中途中に私の宿敵「臭豆腐」が!
旅先のどんなものでも食べてやる!的な私が唯一無理な食べ物、
その挫折感が悔しい、あの強烈な臭いの食べ物が臭豆腐!ううっ。
いつか食べられるようになってやる!
(一度食べたことがあるけど、二度は食べられなかった)
少し離れてほっとするとまた次の店が売ってる。

この店は臭豆腐も売ってたけど、私の故郷の味(小仁の心の故郷はシルクロードなので。笑)、
羊の串肉が売っていたので、羊と鳥の串肉を買いYちゃんと分ける。
もっとスパイシーなほうがおいしいのだけど、
やはりこれは江南風に少しマイルドになっていたのかしら。
でも、なつかしくおいしい♪
さて、遊覧船にでも乗って帰ろうかということで遊覧船乗り場に向かう。
列を作って静かに待つということを知らない地元の人に負けずに、順番の先頭の位置をキープ。
一人60元で一艘にたぶん10人くらいは乗れそうでしたが、
私とYちゃんで貸切♪グループごとにしてくれる配慮はあるのですね。
良かった良かった。声の大きい中国の家族連れと一緒では負けてしまうから(笑)
船頭さんはおじいちゃん。

なかなか決まってます。後ろに放生橋が見えます。
しかし、おじいちゃん。何か怒鳴ってます。というかこれが地声?
「我们是日本人。听不懂(私たちは日本人です。言ってることが聞き取れません)」と言ってみる。
「アイヤー、听不懂嗎!」と笑ってるから通じたのかと思いきや、まだまだ何かを怒鳴り続けてる。
おじいちゃーん(笑)まいったね、こりゃ。
と突然「回来(帰る)」という単語が聞き取れた!
「対(そう)!」と言い返す。どうやら、最初に乗った船着き場に戻してくれるようです。
身振りからどの運河を通るか聞いてるみたいだけど、まったくわからないので適当にうなずく。
とりあえず、帰る場所が分かったので船から見る景色を楽しむことにした。

けっこう狭いところにも入っていきます。
おじいちゃんの舵捌きが見事です。

石の橋が多い中木の屋根のついた廊橋も見えます。
なかなか楽しい遊覧船の旅も終え、満足したので帰ることに。
ちなみにここ「朱家角」は、韓流どらま「カインとアベル」のロケ地でもあるらしいのですが、
このドラマにソ・ジソプが出ると知りまったく見る気なし。
(全世界のジソプファンのみなさま、ごめんなさいね~)
Yちゃんが英語が全く通じないことに驚いていましたが、
(Yちゃんはお店の人などとコミュニケーションはとれなかったけれど、
通りがかった欧米系の観光客の雑談が聞き取れたそうです。
私にとっては語学番組の英語以外はほぼ聞き取り不可能です。涙)
帰りのバスでは爆睡。
そして、市内に戻り、淮海中路1416号にある「来福楼」という火鍋屋さんへ。
ここは、ガイドブックに寄ると若干高いそうですが、日本人からしたらそうでもないです。

見るからに辛そうな汁とマイルドそうな二種類のだしの鍋にして、
肉、野菜盛り合わせ、ひき肉の湯葉に包みや湯葉みたいなもの、
キノコ盛り合わせなど頼んでみたけれど、
二人なので半分近く残してしまった。
少なめに頼んで追加すればよかった。
おいしかっただけに残念。
辛い方は本当に辛くて、Yちゃんはパクパク食べていたけれど、
私は落花生ダレで中和させながら食べていた。
ここはタレも自分でいろいろ作れる。
お酢や醤油、落花生ダレ、ゴマダレなどにネギやショウガ、にんにくなどを自分で混ぜる方法なので
それもなかなか良かったです。
この日も夜はマッサージ。
ホテルのそばの「水秀坊」というところがガイドブックにあったので、
中医による全身マッサージというのにしてみたのですが、
ちょっと日本語が分かるのにこちらが「痛い痛い!」と言ってるのに
「ツボ」とか言って笑っているので本当にむかついた。
お部屋も個室だったけど、内装など凝ってなくて普通のマッサージ店だった。
受付のお姉さんのおすすめだったけれど、
中医の先生が痛くないなんてウソつき!とっても痛かったよ!
オークラに泊まったら、1日目に行った「風雅堂」がおすすめだと思います。
お部屋でお茶を飲みながらおしゃべりしたりして、
最終日の夜はこうして過ぎていきました。
これがラン仲間との女子旅だったらきっとこの後深夜まで部屋飲みか、
またはここから南京東路か浦東まで繰り出していたかも。
でも、普通の女子はここで大人しく休むのね~と妙に感心したのでした。
ボランティア保険が切れる前にもういちど [旅日記]
23年度末でボランティア保険が切れるので、
その最終週末にもう一度ボランティアツアーに行ってきました。
前回は一人だったけれど、今回は3回目参加となるベテランのマイミクさんと参加。
前回と同じ「菜の花交通」さんで私は千葉から、
マイミクさんは東京駅から乗車。
今回は添乗員さんのはからいか、
自己紹介がありました。
今回は初参加の方が多かったですね。
この後共同作業をする仲間という感じがします。
その中で印象に残っている方数人。
・日本語学校の先生で
生徒さんの外国人の方がボランティアに参加しているのに触発されたという方。
・浦安在住でご自宅が半壊したけれど復旧したので
今度はボランティアに参加したという方。
・旅行しようと思ったけれど、旅行をやめて
姉妹とその娘さんというご家族で参加された方々。
・最高齢の70歳のおじさまは動きに無駄がなかったです!
・名古屋にお住まいなのに東京出張の際に参加された方も。
・「◎◎大学の3年生やってます」という男子もいたなあ。
やってますという言い方に失笑。
高校出たばかりの女子もいましたねぇ。
色々な方がいることに、
ボランティア活動に対するハードルが低くなったと心強く思いました。
まだまだ日本もいい国じゃない?
作業の前に
まず石巻のボランティアセンターに寄るのですが、
その時に現地の津波の映像のDVDを見て、
ボランティアリーダーの方の説明を聞いたりして、
それも良かったと思います。
以前は無かったけれど、初参加の方が多かったからでしょうか?
ボランテイアセンターの周りの景色は海側については
現在はガソリンスタンドと若干の建物しかないのですが
(少し山側には物産店の暖簾街や住宅もあります)、
DVDを見ると、津波が押し寄せるまさにそのときまで
同じ場所が街で人々が生活していたということが分かるものだから。
避難している人たちの「あぁ~」という悲鳴も入っていて胸が痛いです。
今回も牡鹿半島の海沿いの地区で
建物の撤去後のがれきの撤去でした。
港の近くだったので、このところ大きな地震があったので少し心配。
ボランティアリーダーさんも地震が来たら
アナウンスはするけれど、それを待たずに高台へ逃げてくれと。
大きな建物は撤去されたけれど、
かつての建物の跡地にまだまだ残る瓦礫や木屑などなど。
その地区のすぐそばに仮設住宅がありそちらの方々は高齢の方が多いので、
なかなか片づけられないそうです。
先日近くからお骨が出たとのことで、
その時には警察や消防に連絡するのでそのままの状態でリーダーさんに報告するという注意事項もあり。
だけど、既にきれいに瓦礫や木屑などが片付いた区域では
住民の方が耕して菜園の予定にしていました。
(公的な復興計画とは違うけれど、そういった花壇や菜園を作るのは
住民の方の気持ちが明るくなるといった主旨のことをリーダーさんが話していました)
そういう事前の説明を聞いたので、
担当区域のコンクリ片や瓦類は残さず拾う気満々で作業に励む。
大きなマストは男性陣が脇によせたり、
高く積もった小さな瓦礫混じりの山はスコップや熊手で崩して
中から出てきたかわらやお茶碗、ガラスのかけらなどを拾いつづけた。
枯れた雑草を引き抜いて、荒地から更地になっていく様に励まされる。
マイミクさんは熊手作業をひたすら続けていたので腰を痛めてしまったようだ。
私たちはお互いたまに声をかけあうものの基本てんでに作業に励んでいたので、
マイミクさんの熊手作業を替わってあげることに思い至らず。ごめんなさい!
だけど、途中でイラッとすることが。
男子学生と女子学生が立ち話を続けている。
ここは合コン会場じゃなーい!
かがんで作業していて頭の上から声が聞こえ続けると思ったので
様子を伺うとずっとしゃべってるー!
「ちょっとごめんなさいね。ちょっと失礼」と
おばちゃんぽく彼らの足元の瓦礫を拾って仲を裂いてみたりしても
ちょろっと横にどいておしゃべり続行。
もし私が人事担当で男子学生が就活で「ボランティア行ってきました」とか言ったら絶対に落とす!
と心の中で毒づく。
マイミクさんも彼らに何か声をかけたみたらしいがうまく作用しなかったようだ。
しかし、一輪車で重い瓦礫を運んでくれた若者や、
スコップさばきが上手で若者の仕切りも上手だった最高齢のおじい様など、
みんなでがんばったー!という実感のほうが強いです。
作業終了時間の頃にはかなりきれいになった感が。
残念なのは、土曜の夜には千葉まで帰らなければいけないので、
牡鹿半島まで来るとどうしても作業はお昼ごろまでとなってしまうこと。
今回は雨の心配もあったので12時半で作業終了。
お弁当をもらう頃雨が降り出しました。
(作業中は強風だけで済んでヨカッタです)
バスの中で「牛たん弁当」をいただく。
前は幕の内弁当だったけれど、今回はひもを引くと発熱するタイプで
ほかほかのお弁当を食べられて冷えた体に嬉しかったです。
牡鹿のれん街も出来てお買物タイムもあり。
マイミクさんはここでも貢献していましたが、
どう調理していいかわからない鯨肉なども多くてまたしても買い渋りの私。
安達太良SAでレトルトの牛筋などを買って本当にささやかな貢献。
南仙台の健康ランドでさっぱりして、
千葉には11時半ごろ到着。
今回アンケートがあったので、
私はリピーター割引があると嬉しいという意見と、
移動時間に比べて作業時間が短いことがはがゆいので、
金曜車中泊土曜一日作業して、土曜夜健康ランドに行き、土曜夜車中泊
日曜朝東京着があったらぜひとも参加したい!と書いてみた。
今回の参加者の中でも途中で休憩している女性もけっこういたし、
小さな瓦礫撤去ならともかく激しい肉体労働もあるので
一日作業するということは難しいかもしれないけれど、
体力に自信がある私はできればもっともっとお役にたちたいと思うわけです。
他社さんのボランティアツアーは土曜一日作業してホテルに宿泊して
日曜に観光するものもあるけれど、
「菜の花交通」さんがリーズナブルで千葉発着なのが嬉しい。
マイミクさんは東京で下車せず、拙宅にお泊り。
添乗員さんが「とにかく現地を見てもらうということが大事」と言ってました。
「忘れないでいるということを伝えたい」とも。
ボランティア保険が切れるので今回で卒業と思っていたけど、
更新の通知も来たし、更新してまた行きたいと思います。
その最終週末にもう一度ボランティアツアーに行ってきました。
前回は一人だったけれど、今回は3回目参加となるベテランのマイミクさんと参加。
前回と同じ「菜の花交通」さんで私は千葉から、
マイミクさんは東京駅から乗車。
今回は添乗員さんのはからいか、
自己紹介がありました。
今回は初参加の方が多かったですね。
この後共同作業をする仲間という感じがします。
その中で印象に残っている方数人。
・日本語学校の先生で
生徒さんの外国人の方がボランティアに参加しているのに触発されたという方。
・浦安在住でご自宅が半壊したけれど復旧したので
今度はボランティアに参加したという方。
・旅行しようと思ったけれど、旅行をやめて
姉妹とその娘さんというご家族で参加された方々。
・最高齢の70歳のおじさまは動きに無駄がなかったです!
・名古屋にお住まいなのに東京出張の際に参加された方も。
・「◎◎大学の3年生やってます」という男子もいたなあ。
やってますという言い方に失笑。
高校出たばかりの女子もいましたねぇ。
色々な方がいることに、
ボランティア活動に対するハードルが低くなったと心強く思いました。
まだまだ日本もいい国じゃない?
作業の前に
まず石巻のボランティアセンターに寄るのですが、
その時に現地の津波の映像のDVDを見て、
ボランティアリーダーの方の説明を聞いたりして、
それも良かったと思います。
以前は無かったけれど、初参加の方が多かったからでしょうか?
ボランテイアセンターの周りの景色は海側については
現在はガソリンスタンドと若干の建物しかないのですが
(少し山側には物産店の暖簾街や住宅もあります)、
DVDを見ると、津波が押し寄せるまさにそのときまで
同じ場所が街で人々が生活していたということが分かるものだから。
避難している人たちの「あぁ~」という悲鳴も入っていて胸が痛いです。
今回も牡鹿半島の海沿いの地区で
建物の撤去後のがれきの撤去でした。
港の近くだったので、このところ大きな地震があったので少し心配。
ボランティアリーダーさんも地震が来たら
アナウンスはするけれど、それを待たずに高台へ逃げてくれと。
大きな建物は撤去されたけれど、
かつての建物の跡地にまだまだ残る瓦礫や木屑などなど。
その地区のすぐそばに仮設住宅がありそちらの方々は高齢の方が多いので、
なかなか片づけられないそうです。
先日近くからお骨が出たとのことで、
その時には警察や消防に連絡するのでそのままの状態でリーダーさんに報告するという注意事項もあり。
だけど、既にきれいに瓦礫や木屑などが片付いた区域では
住民の方が耕して菜園の予定にしていました。
(公的な復興計画とは違うけれど、そういった花壇や菜園を作るのは
住民の方の気持ちが明るくなるといった主旨のことをリーダーさんが話していました)
そういう事前の説明を聞いたので、
担当区域のコンクリ片や瓦類は残さず拾う気満々で作業に励む。
大きなマストは男性陣が脇によせたり、
高く積もった小さな瓦礫混じりの山はスコップや熊手で崩して
中から出てきたかわらやお茶碗、ガラスのかけらなどを拾いつづけた。
枯れた雑草を引き抜いて、荒地から更地になっていく様に励まされる。
マイミクさんは熊手作業をひたすら続けていたので腰を痛めてしまったようだ。
私たちはお互いたまに声をかけあうものの基本てんでに作業に励んでいたので、
マイミクさんの熊手作業を替わってあげることに思い至らず。ごめんなさい!
だけど、途中でイラッとすることが。
男子学生と女子学生が立ち話を続けている。
ここは合コン会場じゃなーい!
かがんで作業していて頭の上から声が聞こえ続けると思ったので
様子を伺うとずっとしゃべってるー!
「ちょっとごめんなさいね。ちょっと失礼」と
おばちゃんぽく彼らの足元の瓦礫を拾って仲を裂いてみたりしても
ちょろっと横にどいておしゃべり続行。
もし私が人事担当で男子学生が就活で「ボランティア行ってきました」とか言ったら絶対に落とす!
と心の中で毒づく。
マイミクさんも彼らに何か声をかけたみたらしいがうまく作用しなかったようだ。
しかし、一輪車で重い瓦礫を運んでくれた若者や、
スコップさばきが上手で若者の仕切りも上手だった最高齢のおじい様など、
みんなでがんばったー!という実感のほうが強いです。
作業終了時間の頃にはかなりきれいになった感が。
残念なのは、土曜の夜には千葉まで帰らなければいけないので、
牡鹿半島まで来るとどうしても作業はお昼ごろまでとなってしまうこと。
今回は雨の心配もあったので12時半で作業終了。
お弁当をもらう頃雨が降り出しました。
(作業中は強風だけで済んでヨカッタです)
バスの中で「牛たん弁当」をいただく。
前は幕の内弁当だったけれど、今回はひもを引くと発熱するタイプで
ほかほかのお弁当を食べられて冷えた体に嬉しかったです。
牡鹿のれん街も出来てお買物タイムもあり。
マイミクさんはここでも貢献していましたが、
どう調理していいかわからない鯨肉なども多くてまたしても買い渋りの私。
安達太良SAでレトルトの牛筋などを買って本当にささやかな貢献。
南仙台の健康ランドでさっぱりして、
千葉には11時半ごろ到着。
今回アンケートがあったので、
私はリピーター割引があると嬉しいという意見と、
移動時間に比べて作業時間が短いことがはがゆいので、
金曜車中泊土曜一日作業して、土曜夜健康ランドに行き、土曜夜車中泊
日曜朝東京着があったらぜひとも参加したい!と書いてみた。
今回の参加者の中でも途中で休憩している女性もけっこういたし、
小さな瓦礫撤去ならともかく激しい肉体労働もあるので
一日作業するということは難しいかもしれないけれど、
体力に自信がある私はできればもっともっとお役にたちたいと思うわけです。
他社さんのボランティアツアーは土曜一日作業してホテルに宿泊して
日曜に観光するものもあるけれど、
「菜の花交通」さんがリーズナブルで千葉発着なのが嬉しい。
マイミクさんは東京で下車せず、拙宅にお泊り。
添乗員さんが「とにかく現地を見てもらうということが大事」と言ってました。
「忘れないでいるということを伝えたい」とも。
ボランティア保険が切れるので今回で卒業と思っていたけど、
更新の通知も来たし、更新してまた行きたいと思います。
上海女子旅②博物館と洋館ランチ。雨の中の観光 [旅日記]
2日目も雨。しかも寒い(涙)
実は今回の旅行前にYちゃんと読んでいた「#9」という小説。
この小説ではヒロインが芸術に対する素晴らしいセンスをもっていて、
中国の大富豪の美術コレクションを充実させるために活躍するのです。
(しかし、初めの動機だった大富豪への恋愛感情はいつしか変わり、違う人へ向かって行くのですが)
そのヒロインが魅入っていたのが、「上海博物館」
というわけで、行きたかったのが「上海博物館」♪
前回2004年にも来た時にもその充実ぶりに感動しましたが、
やはり今回も素敵~。

北京首都博物館は石仏よりも鋳物の仏像が多かったですが、
こちらは石仏が多くてその素朴な感じが良い感じ。

こちらは鼓の台座。
青銅器は竜や動物の顔のモチーフが多くて神器の風格満載です。
所蔵品が多くてゆっくり見ていると1日あっても足りないかも。
この日はランチの予約をしてしまったので、
すべての部屋を見ている時間はなく、かなり割愛(涙)
明や清の時代の家具には目を奪われ(螺鈿や蒔絵が好きなので)、
陶器のコーナーは本当に素敵でした。
景徳鎮、青磁、白磁・・・磁器の薄さや模様の繊細さにドキドキ。
吉祥の模様である桃が多いですね~。


焼き物の良さはよくわからないけれど、
きれいなものを見るのは大好き。
というか芸術の真価はよくわからないけれどいろいろなものを見るのは大好き。
玉も細工の素敵なものがありました。
やはり東洋の人って器用なのね。
充実した時間の後は地下鉄で移動してランチ。
徐家匯駅のすぐ近くの「上海老站」に。
その名の通り古い駅舎風になってます。
機関車と二両の古い客車(西太后と孫文夫人の宋慶齢の御用列車だったとか)

ただ気になるのがこちらの車両の間が畑(ぷぷっ)

まさかここの畑の菜っ葉をお料理に使ってたりして?
お料理は中華でしたが、とってもおいしかったです。
鴨のローストもパリッと香ばしく、
フカヒレのスープは絶品~♪

コラーゲン大事ですよね。
青梗菜の炒めものや麺類もおいしかったけど、
2人では完食できず。
あと何人かいたらもっといろいろ食べられたのに。
そうそう、ここのお店。
予約していったはいいけれど、お店の入り口では英語が通じず。
(私の英語が下手だから?まさかの展開。笑)
だけど、中国語で「我是◎◎(私の姓の中国語読み)」と訴えると通じた~♪
ウエイトレスさんにも「小姐、請給我看看菜単」とお願いすると
ちゃんとメニューが出てきてうれしい♪
私の中国語は発音が下手なので(なにせ日本語もうまく発音できないくらい)
あまり通じないのですが通じるとうれしいですね~。
英語は嫌いですでに勉強を放棄してしまったけれど、
中国語はかつて一人旅をするときにかなり頑張って勉強しました。
10年以上使ってなかったけれど意外と覚えているものですね。
やっと雨も上がり、お次は東台路古玩街へ

ここも「#9」に出てきます。
ヒロインが小さな仏像を買うのだけれど、
ガラクタ通りのはずが実は本物だった!というエピソード。
さて私たちは本物と出会えるでしょうか。
って、中国は150年以上前の本物は国外持ち出し禁止なのですけどね。
博物館で見た磁器に似ているお茶碗などもあります。
値段を聞いたら1個80元とか。ま、値切ればたぶん20元くらいにはなりそうだけど、
Yちゃんはあっさり退散。
私は物欲無いのでまったく欲しいと思わない。
見るのは面白いですけどね。
この通りにずらりと並ぶガラクタ店。
売れてるのかな~?
あ、飯島愛のトランプがあったのがなんか泣かせます。
そうそう、ここで印象的だったのが
お店のおじいちゃんとおばあちゃんがものすごい大声でケンカしていたこと。

ただでさえ、中国の人って声が大きいのにケンカともなると尋常じゃない。
こわい~。
さて、この後は新天地までお散歩。
古い洋館をリノベーションしたようなたたずまいの商業地域。

ここで、Yちゃんは迷ったあげくお茶器を買う。
私は前に買ったのがまだあるし、
ついついたくさん飲みたいから小さなお茶碗では物足りなくて
マグカップでがぶがぶ飲んじゃうので今回は(今回も?)何も買わず。
お花茶もあったけれど、やはり新天地は高いような気がします。
ここでは好きなブランド「アナベルリー」があるので
お友達用に小物を買いました。
東台路から新天地に行く途中、バカラの名前のついた高級そうな高層マンションがあったけど、
(なにせ周りの塀の上には高圧電線が通ってる)
作りかけなのか壊しているのか微妙な雰囲気。
Yちゃんと「本当にバカラなのか?」と疑問に思ってしまいました。
(その後表通りから見たら、1階のテナントのところにもうすぐ開店とあったから本物なのかも。
私のような素人にでさえ本物かどうか疑われるくらい、
偽物天国と思われてるイメージを払拭する努力を
中国政府は本腰入れてしたほうがいいと思うのですよね。ってかなり上から言ってしまった)
この日もこの後マッサージ。
新天地にほど近い「グリーンマッサージ」ガイドブックに出てくるようなちょっと高級店で、
アロマオイルのマッサージ。
気持ち良かった~。
顔をマッサージされるときに、この時ちょっと顎が痛かったのでドキドキしちゃったけど。
どれだけマッサージ好きなの?!って感じですが、
日本だとお高いけれど中国では気軽に受けられて良いですね。
ホテルまでぶらぶら歩きながら気になるお店があったら覗いたり、
お茶を買ったり(どれだけお茶好き?!ってここでも自分にツッコミそう)、
おしゃべりしたりして楽しく過ごす。

高速がライトアップされていて不思議な景色。
新天地のあたりの洋館風の建物と
超高層の近代的なビルとこのライトアップされた高速道路と、
上海は不思議な景色ですね。
実は今回の旅行前にYちゃんと読んでいた「#9」という小説。
この小説ではヒロインが芸術に対する素晴らしいセンスをもっていて、
中国の大富豪の美術コレクションを充実させるために活躍するのです。
(しかし、初めの動機だった大富豪への恋愛感情はいつしか変わり、違う人へ向かって行くのですが)
そのヒロインが魅入っていたのが、「上海博物館」
というわけで、行きたかったのが「上海博物館」♪
前回2004年にも来た時にもその充実ぶりに感動しましたが、
やはり今回も素敵~。

北京首都博物館は石仏よりも鋳物の仏像が多かったですが、
こちらは石仏が多くてその素朴な感じが良い感じ。

こちらは鼓の台座。
青銅器は竜や動物の顔のモチーフが多くて神器の風格満載です。
所蔵品が多くてゆっくり見ていると1日あっても足りないかも。
この日はランチの予約をしてしまったので、
すべての部屋を見ている時間はなく、かなり割愛(涙)
明や清の時代の家具には目を奪われ(螺鈿や蒔絵が好きなので)、
陶器のコーナーは本当に素敵でした。
景徳鎮、青磁、白磁・・・磁器の薄さや模様の繊細さにドキドキ。
吉祥の模様である桃が多いですね~。


焼き物の良さはよくわからないけれど、
きれいなものを見るのは大好き。
というか芸術の真価はよくわからないけれどいろいろなものを見るのは大好き。
玉も細工の素敵なものがありました。
やはり東洋の人って器用なのね。
充実した時間の後は地下鉄で移動してランチ。
徐家匯駅のすぐ近くの「上海老站」に。
その名の通り古い駅舎風になってます。
機関車と二両の古い客車(西太后と孫文夫人の宋慶齢の御用列車だったとか)

ただ気になるのがこちらの車両の間が畑(ぷぷっ)

まさかここの畑の菜っ葉をお料理に使ってたりして?
お料理は中華でしたが、とってもおいしかったです。
鴨のローストもパリッと香ばしく、
フカヒレのスープは絶品~♪

コラーゲン大事ですよね。
青梗菜の炒めものや麺類もおいしかったけど、
2人では完食できず。
あと何人かいたらもっといろいろ食べられたのに。
そうそう、ここのお店。
予約していったはいいけれど、お店の入り口では英語が通じず。
(私の英語が下手だから?まさかの展開。笑)
だけど、中国語で「我是◎◎(私の姓の中国語読み)」と訴えると通じた~♪
ウエイトレスさんにも「小姐、請給我看看菜単」とお願いすると
ちゃんとメニューが出てきてうれしい♪
私の中国語は発音が下手なので(なにせ日本語もうまく発音できないくらい)
あまり通じないのですが通じるとうれしいですね~。
英語は嫌いですでに勉強を放棄してしまったけれど、
中国語はかつて一人旅をするときにかなり頑張って勉強しました。
10年以上使ってなかったけれど意外と覚えているものですね。
やっと雨も上がり、お次は東台路古玩街へ

ここも「#9」に出てきます。
ヒロインが小さな仏像を買うのだけれど、
ガラクタ通りのはずが実は本物だった!というエピソード。
さて私たちは本物と出会えるでしょうか。
って、中国は150年以上前の本物は国外持ち出し禁止なのですけどね。
博物館で見た磁器に似ているお茶碗などもあります。
値段を聞いたら1個80元とか。ま、値切ればたぶん20元くらいにはなりそうだけど、
Yちゃんはあっさり退散。
私は物欲無いのでまったく欲しいと思わない。
見るのは面白いですけどね。
この通りにずらりと並ぶガラクタ店。
売れてるのかな~?
あ、飯島愛のトランプがあったのがなんか泣かせます。
そうそう、ここで印象的だったのが
お店のおじいちゃんとおばあちゃんがものすごい大声でケンカしていたこと。

ただでさえ、中国の人って声が大きいのにケンカともなると尋常じゃない。
こわい~。
さて、この後は新天地までお散歩。
古い洋館をリノベーションしたようなたたずまいの商業地域。

ここで、Yちゃんは迷ったあげくお茶器を買う。
私は前に買ったのがまだあるし、
ついついたくさん飲みたいから小さなお茶碗では物足りなくて
マグカップでがぶがぶ飲んじゃうので今回は(今回も?)何も買わず。
お花茶もあったけれど、やはり新天地は高いような気がします。
ここでは好きなブランド「アナベルリー」があるので
お友達用に小物を買いました。
東台路から新天地に行く途中、バカラの名前のついた高級そうな高層マンションがあったけど、
(なにせ周りの塀の上には高圧電線が通ってる)
作りかけなのか壊しているのか微妙な雰囲気。
Yちゃんと「本当にバカラなのか?」と疑問に思ってしまいました。
(その後表通りから見たら、1階のテナントのところにもうすぐ開店とあったから本物なのかも。
私のような素人にでさえ本物かどうか疑われるくらい、
偽物天国と思われてるイメージを払拭する努力を
中国政府は本腰入れてしたほうがいいと思うのですよね。ってかなり上から言ってしまった)
この日もこの後マッサージ。
新天地にほど近い「グリーンマッサージ」ガイドブックに出てくるようなちょっと高級店で、
アロマオイルのマッサージ。
気持ち良かった~。
顔をマッサージされるときに、この時ちょっと顎が痛かったのでドキドキしちゃったけど。
どれだけマッサージ好きなの?!って感じですが、
日本だとお高いけれど中国では気軽に受けられて良いですね。
ホテルまでぶらぶら歩きながら気になるお店があったら覗いたり、
お茶を買ったり(どれだけお茶好き?!ってここでも自分にツッコミそう)、
おしゃべりしたりして楽しく過ごす。

高速がライトアップされていて不思議な景色。
新天地のあたりの洋館風の建物と
超高層の近代的なビルとこのライトアップされた高速道路と、
上海は不思議な景色ですね。
上海女子旅①リニア初体験。到着日の夜は雨でした [旅日記]
4か月連続アジア旅最終回は上海。
さすがに調子に乗りすぎたかな~、金欠気味です(笑)。
今回はかつての同僚の素敵女子Yちゃんと一緒です。
私は8年ぶり4回目、初上海のYちゃんをうまくナビできるかな~。
1992年、1995年、2004年と比べてどれだけ変わってしまったかを見るのも楽しみです。
今回はお互いマイルを使っていこうということで
ANAの私がMUで到着するYちゃんをお出迎え。
ターミナル1から2へ。
浦東空港も大きいから遠かった~。
無事合流して市内へはリニアモーターカーで移動です。
航空券の半券を見せると50元が40元になりました。

車内は案外すいてます。
車内の表示を見ると、おぉ~。

確かに外の景色は飛ぶように過ぎていくけれど、
本当に時速300KMも出てるのぉ~?!と思ったりして。
本当は150KMくらいなんだけど、中国政府的発表では300Kmにしてるとか。
なーんて失礼なことを思ってしまいました。
たった10分間のリニア体験の後、
地下鉄に乗り換え。
地下鉄の切符を買う時に教えてくれたバイトの駅員さん男女2人組。
やけにベッタベタしててねぇ(笑)
「仕事中でしょ!」と突っ込みたかったです。
市内にも「この世に二人だけ」状態のカップルが多くて
Yちゃんと笑いながら感心してました。
今回のホテルはオークラ(花園飯店)。
日本資本だけあって、日本語が通じるし日本的サービスが売りです。
お部屋の水道が滅菌処理済みで飲めるとか。
レトロな歴史的建物なのもうれしい。

室内も快適で、何よりこの時キャンペーン価格ですごくお得に泊れたのが良かったですよ。
今回は女子旅なので、事前にガイドブックで見つけた洋館ランチとマッサージを
コンシェルジュに予約してもらう。
電話でスムーズに予約がとれるほど英語も中国語も堪能ではないので(涙)
いよいよ観光♪
まず行ったのは豫園。

まずは行列に並んで「南翔饅頭店」で小龍包を。
16個で20元。おいしい~♪
好吃♪好吃♪
このときは平日の夕方だったのだけど、豫園商場はとても混んでいてとりあえず一休み。

九曲橋にある老舗の茶芸館「湖心亭」でお茶。

雰囲気の良い2階で花茶をいただきながらおしゃべりしました。

楽しくおしゃべりしていたらあっというまに
日も暮れてきたので移動しようと外へ出てみたら雨が降り出してました。
たいしたことないと観光を続けます。

しかし、だんだんと雨が強まります。
外灘の夜景を見ようと思った時には本降り(涙)
傘がない私たちはコンビニでレインコートを買って頑張りました。
写真を撮りたかったのだけど雨でテレビ塔もかすんでました・・・

雨でぬれた地面に明かりが映ってきれいですね。
あまりに濡れたので、このあたりでホテルに退散(涙)
夕食は地元の人しかいないお店で焼き小龍包や麺類などを。
2人でビールまで飲んでも湖心亭のお茶1杯よりも全然安かったです。
ホテルのそばにあった「雪峰高山茶」であれこれ試飲の末、
鉄観音と雲霧茶をお買い上げ。
このお店は有機農法で育てているそうですよ。
そして、この日はホテルの近くの風雅堂というマッサージ店でフットマッサージ。
足だけでなく肩ももんでくれて60分98元(約1400円)はお得でした。

雰囲気も良かったし。
お仕事が忙しいYちゃんは肩こりがひどいらしいので、
今回は連日マッサージをしてました(笑)
かつては私も肩こりに悩んでいたけれど最近はすっかりストレスフリーな日々を送っているので
肩こりは無いのだけれど、
まあ今回の旅行は京都マラソンで歩かず完走したご褒美旅行ですからね。
久しぶりの上海。
雨であまり歩き回らなかったこともあり、
まだまだその変容ぶりはつかめませんでした。
次の日を楽しみにしながら就寝。
さすがに調子に乗りすぎたかな~、金欠気味です(笑)。
今回はかつての同僚の素敵女子Yちゃんと一緒です。
私は8年ぶり4回目、初上海のYちゃんをうまくナビできるかな~。
1992年、1995年、2004年と比べてどれだけ変わってしまったかを見るのも楽しみです。
今回はお互いマイルを使っていこうということで
ANAの私がMUで到着するYちゃんをお出迎え。
ターミナル1から2へ。
浦東空港も大きいから遠かった~。
無事合流して市内へはリニアモーターカーで移動です。
航空券の半券を見せると50元が40元になりました。

車内は案外すいてます。
車内の表示を見ると、おぉ~。

確かに外の景色は飛ぶように過ぎていくけれど、
本当に時速300KMも出てるのぉ~?!と思ったりして。
本当は150KMくらいなんだけど、中国政府的発表では300Kmにしてるとか。
なーんて失礼なことを思ってしまいました。
たった10分間のリニア体験の後、
地下鉄に乗り換え。
地下鉄の切符を買う時に教えてくれたバイトの駅員さん男女2人組。
やけにベッタベタしててねぇ(笑)
「仕事中でしょ!」と突っ込みたかったです。
市内にも「この世に二人だけ」状態のカップルが多くて
Yちゃんと笑いながら感心してました。
今回のホテルはオークラ(花園飯店)。
日本資本だけあって、日本語が通じるし日本的サービスが売りです。
お部屋の水道が滅菌処理済みで飲めるとか。
レトロな歴史的建物なのもうれしい。

室内も快適で、何よりこの時キャンペーン価格ですごくお得に泊れたのが良かったですよ。
今回は女子旅なので、事前にガイドブックで見つけた洋館ランチとマッサージを
コンシェルジュに予約してもらう。
電話でスムーズに予約がとれるほど英語も中国語も堪能ではないので(涙)
いよいよ観光♪
まず行ったのは豫園。

まずは行列に並んで「南翔饅頭店」で小龍包を。
16個で20元。おいしい~♪
好吃♪好吃♪
このときは平日の夕方だったのだけど、豫園商場はとても混んでいてとりあえず一休み。

九曲橋にある老舗の茶芸館「湖心亭」でお茶。

雰囲気の良い2階で花茶をいただきながらおしゃべりしました。

楽しくおしゃべりしていたらあっというまに
日も暮れてきたので移動しようと外へ出てみたら雨が降り出してました。
たいしたことないと観光を続けます。

しかし、だんだんと雨が強まります。
外灘の夜景を見ようと思った時には本降り(涙)
傘がない私たちはコンビニでレインコートを買って頑張りました。
写真を撮りたかったのだけど雨でテレビ塔もかすんでました・・・

雨でぬれた地面に明かりが映ってきれいですね。
あまりに濡れたので、このあたりでホテルに退散(涙)
夕食は地元の人しかいないお店で焼き小龍包や麺類などを。
2人でビールまで飲んでも湖心亭のお茶1杯よりも全然安かったです。
ホテルのそばにあった「雪峰高山茶」であれこれ試飲の末、
鉄観音と雲霧茶をお買い上げ。
このお店は有機農法で育てているそうですよ。
そして、この日はホテルの近くの風雅堂というマッサージ店でフットマッサージ。
足だけでなく肩ももんでくれて60分98元(約1400円)はお得でした。

雰囲気も良かったし。
お仕事が忙しいYちゃんは肩こりがひどいらしいので、
今回は連日マッサージをしてました(笑)
かつては私も肩こりに悩んでいたけれど最近はすっかりストレスフリーな日々を送っているので
肩こりは無いのだけれど、
まあ今回の旅行は京都マラソンで歩かず完走したご褒美旅行ですからね。
久しぶりの上海。
雨であまり歩き回らなかったこともあり、
まだまだその変容ぶりはつかめませんでした。
次の日を楽しみにしながら就寝。
4日間25,000円北京激安ツアー(おまけ)ミス・チャンのこと [旅日記]
昨日、北京旅行記は書き終えましたが、
書き忘れたことがあるのでおまけです。
今回のツアーには日本からの添乗員はいなかったのですが、
現地の日本語ガイドの張さんがなめらかな日本語で丁寧にガイドしてくれました。
そして、もう一人若い女性の張さん(ミス・チャン)も観光に同行。
移動の時には団体の後ろからはぐれた人がいないかを確認しながらお客さんたちとおしゃべり。
彼女も日本語がペラペラでした。
おみやげのお菓子を販売したり、
印鑑(メノウはタダ、文字を彫るときは1000円かかります)の注文をとったり、
バスの移動中は大忙しでした。
しかし、彼女の主な任務は写真撮影。
私たちが写真を撮りたいときにシャッターを切ってくれるだけでなく、
彼女のカメラで私たちを撮ってくれるのです。
そう、ご想像の通り、彼女の写真も売物です。
観光2日目、夕食後、京劇やマッサージなどのOPへそれぞれホテルへ向かうバスの中で、
ミニアルバムが配られました。
バインダー式になっていて、中には2Lサイズのそれぞれの参加者のペア(家族)の写真が数枚。
「1枚800円です。入らない写真は抜いてもいいです。
たくさん売れると彼女のボーナスが増えるんですよね~」と
ガイドさんも援護射撃。
ツアー客のみなさまはけっこう買っていたみたい。
自分の写真を見ると、
けっこういい笑顔でした。
だけど、全部カメラ目線ではないし(横から撮られているので)、
師匠との2Lサイズのツーショットは要らないし・・・
「ごめんなさい」してしまいました。
彼女は師匠の一眼レフカメラを見て「いいカメラですね」って。
(写真が趣味の師匠のほうがいいカメラを持っていた)
2日目の午後は彼女はツアーから外れていて、
その間現像してこのアルバムを作ってたのかと思うと
ちょっと胸が痛んだけど、
欲しくもないものを買えない自分の性格だから仕方ない。
ミス・チャンは可愛くて、とても愛想が良かった。
長城では寒いからかフードをかぶってニコニコしてた。
これまでの中国の女の子は友達とおしゃべりしているときは笑顔でも、
お仕事中はかなり無愛想で怖いくらいのことが多かった。
(個人で旅行しているときは、
好奇心で話しかけられることが多かったけど、
仕事中でも私語のときは笑顔。
だけど、こちらが用事を頼むとトタンに不機嫌、なんてしょっちゅうだったっけ。笑)
このツアーは楽しかったのにすごく安くてとてもお得な気がした。
お土産屋さん攻撃もトイレ休憩と思えばそれまた良し、だった。
だけど、ミス・チャンのアルバムは売れなかったら、
結局は捨てることになってしまうのかと思うと・・・
もう1000円高くしてもかまわないから、
初めからあのアルバムを旅の記念品につけてくれれば良かったのにと思ったのでした。
書き忘れたことがあるのでおまけです。
今回のツアーには日本からの添乗員はいなかったのですが、
現地の日本語ガイドの張さんがなめらかな日本語で丁寧にガイドしてくれました。
そして、もう一人若い女性の張さん(ミス・チャン)も観光に同行。
移動の時には団体の後ろからはぐれた人がいないかを確認しながらお客さんたちとおしゃべり。
彼女も日本語がペラペラでした。
おみやげのお菓子を販売したり、
印鑑(メノウはタダ、文字を彫るときは1000円かかります)の注文をとったり、
バスの移動中は大忙しでした。
しかし、彼女の主な任務は写真撮影。
私たちが写真を撮りたいときにシャッターを切ってくれるだけでなく、
彼女のカメラで私たちを撮ってくれるのです。
そう、ご想像の通り、彼女の写真も売物です。
観光2日目、夕食後、京劇やマッサージなどのOPへそれぞれホテルへ向かうバスの中で、
ミニアルバムが配られました。
バインダー式になっていて、中には2Lサイズのそれぞれの参加者のペア(家族)の写真が数枚。
「1枚800円です。入らない写真は抜いてもいいです。
たくさん売れると彼女のボーナスが増えるんですよね~」と
ガイドさんも援護射撃。
ツアー客のみなさまはけっこう買っていたみたい。
自分の写真を見ると、
けっこういい笑顔でした。
だけど、全部カメラ目線ではないし(横から撮られているので)、
師匠との2Lサイズのツーショットは要らないし・・・
「ごめんなさい」してしまいました。
彼女は師匠の一眼レフカメラを見て「いいカメラですね」って。
(写真が趣味の師匠のほうがいいカメラを持っていた)
2日目の午後は彼女はツアーから外れていて、
その間現像してこのアルバムを作ってたのかと思うと
ちょっと胸が痛んだけど、
欲しくもないものを買えない自分の性格だから仕方ない。
ミス・チャンは可愛くて、とても愛想が良かった。
長城では寒いからかフードをかぶってニコニコしてた。
これまでの中国の女の子は友達とおしゃべりしているときは笑顔でも、
お仕事中はかなり無愛想で怖いくらいのことが多かった。
(個人で旅行しているときは、
好奇心で話しかけられることが多かったけど、
仕事中でも私語のときは笑顔。
だけど、こちらが用事を頼むとトタンに不機嫌、なんてしょっちゅうだったっけ。笑)
このツアーは楽しかったのにすごく安くてとてもお得な気がした。
お土産屋さん攻撃もトイレ休憩と思えばそれまた良し、だった。
だけど、ミス・チャンのアルバムは売れなかったら、
結局は捨てることになってしまうのかと思うと・・・
もう1000円高くしてもかまわないから、
初めからあのアルバムを旅の記念品につけてくれれば良かったのにと思ったのでした。
4日間25,000円北京激安ツアー②故宮♪故宮♪ [旅日記]
今回のツアーは4日間といえど最終日は朝1の便で帰るので、
観光は2日間で終り。
この日も長い一日でした~。
この日もホテルを出たのは7時半。
まず初めに向かったのはなんと「ラテックス寝具店」
行程表を見たときに頭の中には?・?・?
お店の中に入るとたくさんのベッドがずらりと。
師匠が思わず笑いつつ写真を撮ろうとすると「写真は禁止でーす」って。
天然ゴムでできた高反発のマットレスと枕のお店で、
日本語ペラペラの店員さんが説明をしてくれます。
柔らかくて沈む気持ちの良さに
一瞬「父に買ってあげようかな」とも思ったけれど、
枕のお値段が微妙(マットレスは高いです)。
安くは無いけど高くもない。
一度飲みに行くと思えば・・・
ただこれほどぴったりくっついてセールストークされると買いたい気持ちが萎える。
のだけれど、とうとう師匠がお買い上げ。
私と違って優しいから押し切られた感もあるので
「大丈夫?返すなら私が返してくるよ?」と心配になってしまいました(笑)
バスに戻るとみなさま枕お買い上げ。
家族全員4個も買ってる人もいた。
これってどうなの?こういうのも含めてのあのツアー代金なのよね、きっと。
(帰国後使っていますが、悔しいけどけっこう寝心地良いです。
自分で見つけたならきっともっとスッキリ使えるのにね~)
さて、これから観光本番です。
この日は土曜日で休日、天壇公園の観光ですが、
公園には多くの市民の方が集って本当に楽しそうに過ごしていました。
トランプ(ガイドさんは「賭けてない」と言うけれど、大の大人がお金を賭けずに
あんなに白熱したトランプをするかしらん?)や社交ダンス、
ハモニカとの合唱、太極拳、なかには編み物サークルなどもいて楽しそう。
世界遺産の天壇は入場料がいるので中には観光客しかいません。
ここ天壇は、皇帝が五穀豊穣を天に祈るための場所。
皇帝の帽子と同じ形の美しい青色の祈念殿。
とても美しい~。青空に映えますね。

で、天壇の観光終り。
え?圜丘壇(祈りの場所)は?回音石は?
他にも見所はあると思われたのにあっさり(そうは行っても約50分ほど)観光終りで物足りない(涙)
思えば前日の明の十三陵も色々な彫刻のある神道は省略されてしまったし・・・
お次は前門大街を散策。
前はなんとなーくごちゃごちゃした雰囲気のある場所だったのに、
改装されて単なる観光地になってしまったわ・・

「全聚徳」(北京ダックの有名店)だけでなく「ユニクロ」までできていたのは・・・・

スタバもこんな感じに。
次に行ったのが「北京首都博物館」今まで聞いたことのない博物館だったので
またしても芸術作品を売るお店?と思っていたら全くの誤解。
素晴らしいところでした。

地上5階地下1階の大きさで充実した展示内容で大満足♪
玉、景徳鎮などの焼き物や胡同の再現、京劇の展示物など色々ありましたが、
1時間のフリータイムに多くの時間を費やしたのが仏像コーナー。
展示の仕方などもこれまでの北京のイメージを覆すおしゃれな感じ。
気に入った仏様はいくつかありましたが、
石仏や木彫より彫金の仏様が多かったように思います。

こちらはちょっと好み♪(笑)

ここで、やっとお昼。
お昼は四川料理で麻婆豆腐など辛くておいしくいただいていたのに、
「辛いお料理の後には、杏仁豆腐はいかがですか?30元です」と
いうデザートの押し売りにイラッとしてデザートはとりやめ。
400円ちょっとなんだから別に高くもないんだけど、押し売りされると嫌なのよね。
さて、午後はいよいよ本日のメイン故宮に向かいます♪
まず天安門広場の見学。
地下道を通って行くのですが、警備が厳重で手荷物検査もあります。
(私たちは外国人ツアー客だったのでガイドさんと一緒に通れば手荷物検査はパスでしたが、
個人のお客さんは手荷物のX線検査があります)
そして、国旗掲揚台とテレビでよく見る毛沢東の巨大なお顔!

天安門広場は外国人だけでなく中国人観光客もたくさんいました。
国旗掲揚を一度は見るのが中国人の憧れだそうですよ。
再び地下通路を通って天安門をくぐり(もんのすごーい人・人・人)、
故宮博物院へ向かうのですがこれがまたけっこう距離がある。
天安門の次に端門をくぐって故宮入口の午門まで500メートル以上はあるはず。
人の多さに師匠が「さすが、故宮だねえ」というので
「まだ入ってないよ」と言うとすごく驚いていた。
午門を入って、まず政治のエリアである外朝。
太和殿を望む広場へ。確かここは「ラストエンペラー」のシーンで見たような・・・

あまりの広さに師匠はカメラのアングルに困ってました。
故宮の庭は地下を掘って刺客が侵入するのを防ぐために石畳が15層にもなっているそうですよ。
太和殿の玉座を見て、その上の竜玉を確認。

皇帝の座にふさわしくない人物が玉座に座ると竜玉が落ちて命を落とすといういわれがあるとか。
玉座が微妙に竜玉の下からずれているのは皇帝の座を狙った袁世凱がずらしたからという噂あり。
天上が高くて上を見て玉座を見るとずれているのかな?ってくらいにしか見えないです。
もっと天上が低くて一目で分かるくらいならいいのに(笑)
太和殿の屋根の飾り。聖獣たちが屋根を守ってます。

太和殿→中和殿→保和殿を出て、お次は皇帝の生活の場である内廷へ。
外朝は建物の名前は漢字のみ、だったのに、内廷は満州族の文字も併記ありです。
みんな皇帝夫妻が新婚初夜から三日を過ごすという坤寧宮の中を必死にのぞいてました(笑)
このあと御花園を通って出口へ。
西太后の暮らしていた西エリアはもちろん、後宮のあった東エリア(珍妃の井戸も九龍壁も見ず)も触れもせず。
確かに、天安門からまっすぐに北の神武門に抜けるだけで約2時間かかったから、
これでガイドさんが説明しながら東や西のエリアにも入っていたら1日かかってしまうものねぇ。
ツアーのお客さんたちは途中で「まだ歩くの?」と嘆く方もいたし。
これで、故宮観光は終り。寂しい・・・・
そして、この後掛け軸屋さんの予定が女性が多いということで真珠屋さんに変更。
私からしたらどうせ買わないんだから、まだ掛け軸のほうが見るものがあって良いかも。
10個1万円の真珠クリームを買う女性多かったです。
夕食は北京ダックで有名な「全聚徳」で。
おいしかったけど、団体だと気を遣いながらになってしまうので残念。
お代わりしたかったなあ~。
夕食後は前門建国飯店にある梨園劇場で京劇のOPに参加。
前に一人旅の時は、昼間自分でチケットを買いに来て見たけれど、
OPだと送迎もついていて便利便利。
ここは字幕(中国語、英語)があって、日本語のオーディオガイドもあり、
分かりやすい演目でちょっと京劇を見たいって人には便利です。
この写真は最後のカーテンコールの時のもの。(演じているときは暗くてうまく撮れなかったので)

これで、本当に観光は終り。
翌日は朝5時45分にホテルを出て8時半のJALで北京を発ち成田には昼過ぎには着きました。
全食事全観光つきの4日間(正味2日間の観光)も、
このお値段ならおすすめだと思います。
私は何度も来ているので省略された観光でもまあ良いし、
初めての人でもよほど体力に自信のある歴ヲタでもない限り大丈夫そうですよ。
最終日の夜は前日にスーパーで買ったお菓子やビールなどで部屋飲み。
師匠が「北京に来て良かったよ」と連発していた。
その理由を聞いたら、
実は北京には天安門広場と故宮くらいしかないと思っていて、
故宮もたいしたことないと思っていたからとのこと。
万里の長城も北京からあんなに近いと思ってなかったらしい。
「故宮は一度見ておいて良かったなあ。
故宮は中身がなにもないけど、あの大きさはすごいねぇ。
京都御所や景福宮(ソウルの宮殿)、フエ(ベトナムの宮殿跡、世界遺産です)と比べたら
やっぱり、中国人が中国が世界の中心だと言い出すのも仕方ないよ」と。
「ただ、内部はベルサイユ宮殿とかのほうがすごくない?」と言ってたけど。
まあ、調度品がないのは内戦で壊れたり持ち出されたりしたからだと思うけれど・・・
このところ、師匠とアジアめぐりをしていたので、そんな話になってしまった。
『これだけのモノを作れた国がどうして欧米諸国の半植民地みたいなことになってしまったのか』とか
『アジアの他の大国(インドやトルコ)も元は欧米諸国より進んだ文化を持っていたのに、
どうして遅れた国になってしまったのか』的なことを聞かれてそれは答えられたけど、
『中国がこれからどんな国になっていくのか、そしてそのとき日本は?』みたいな話になってくると
答えがすぐには出ないし、怖い気がしてきます。
今でさえ格差がすごくて、反日運動もあったりして、
良き隣人となれるのかしら・・・
これだけのビルが建ち、地下鉄などのハード面はかなり充実してきたけれど、
地下鉄でまだ降りる人がいるのに乗り込んできてもみくちゃになったり、
トイレで並ばすに平気で横入りしてきたりして、
人はまだまだかな、と思う。それとも国民性?
そういうことをガイドさんは「中国はこれから発展する国だから、許してくださいね」と言っていたけど。
表面のほんの一部分しか見ていない私たちが何を言うか?!って感じですよね。
あ、そうそう。中国といえばトイレ問題(笑)
前はトイレには扉がないし(ひどいところは個室を区切る壁もなかった。あるのは溝だけ)、
トイレットペーパーも硬くてお尻が切れそうなくらいだったのに、
今は観光地のトイレはどこも水洗で紙も普通で嬉しい限り。
師匠は面白かったからとこんなものを撮ってきてました。

これにて北京旅行記終り♪
次は来月の京都マラソンと月末の素敵女子との上海旅です。
それが終わるとしばらく旅の予定がないのが寂しいなあ・・・
観光は2日間で終り。
この日も長い一日でした~。
この日もホテルを出たのは7時半。
まず初めに向かったのはなんと「ラテックス寝具店」
行程表を見たときに頭の中には?・?・?
お店の中に入るとたくさんのベッドがずらりと。
師匠が思わず笑いつつ写真を撮ろうとすると「写真は禁止でーす」って。
天然ゴムでできた高反発のマットレスと枕のお店で、
日本語ペラペラの店員さんが説明をしてくれます。
柔らかくて沈む気持ちの良さに
一瞬「父に買ってあげようかな」とも思ったけれど、
枕のお値段が微妙(マットレスは高いです)。
安くは無いけど高くもない。
一度飲みに行くと思えば・・・
ただこれほどぴったりくっついてセールストークされると買いたい気持ちが萎える。
のだけれど、とうとう師匠がお買い上げ。
私と違って優しいから押し切られた感もあるので
「大丈夫?返すなら私が返してくるよ?」と心配になってしまいました(笑)
バスに戻るとみなさま枕お買い上げ。
家族全員4個も買ってる人もいた。
これってどうなの?こういうのも含めてのあのツアー代金なのよね、きっと。
(帰国後使っていますが、悔しいけどけっこう寝心地良いです。
自分で見つけたならきっともっとスッキリ使えるのにね~)
さて、これから観光本番です。
この日は土曜日で休日、天壇公園の観光ですが、
公園には多くの市民の方が集って本当に楽しそうに過ごしていました。
トランプ(ガイドさんは「賭けてない」と言うけれど、大の大人がお金を賭けずに
あんなに白熱したトランプをするかしらん?)や社交ダンス、
ハモニカとの合唱、太極拳、なかには編み物サークルなどもいて楽しそう。
世界遺産の天壇は入場料がいるので中には観光客しかいません。
ここ天壇は、皇帝が五穀豊穣を天に祈るための場所。
皇帝の帽子と同じ形の美しい青色の祈念殿。
とても美しい~。青空に映えますね。
で、天壇の観光終り。
え?圜丘壇(祈りの場所)は?回音石は?
他にも見所はあると思われたのにあっさり(そうは行っても約50分ほど)観光終りで物足りない(涙)
思えば前日の明の十三陵も色々な彫刻のある神道は省略されてしまったし・・・
お次は前門大街を散策。
前はなんとなーくごちゃごちゃした雰囲気のある場所だったのに、
改装されて単なる観光地になってしまったわ・・
「全聚徳」(北京ダックの有名店)だけでなく「ユニクロ」までできていたのは・・・・
スタバもこんな感じに。
次に行ったのが「北京首都博物館」今まで聞いたことのない博物館だったので
またしても芸術作品を売るお店?と思っていたら全くの誤解。
素晴らしいところでした。
地上5階地下1階の大きさで充実した展示内容で大満足♪
玉、景徳鎮などの焼き物や胡同の再現、京劇の展示物など色々ありましたが、
1時間のフリータイムに多くの時間を費やしたのが仏像コーナー。
展示の仕方などもこれまでの北京のイメージを覆すおしゃれな感じ。
気に入った仏様はいくつかありましたが、
石仏や木彫より彫金の仏様が多かったように思います。
こちらはちょっと好み♪(笑)
ここで、やっとお昼。
お昼は四川料理で麻婆豆腐など辛くておいしくいただいていたのに、
「辛いお料理の後には、杏仁豆腐はいかがですか?30元です」と
いうデザートの押し売りにイラッとしてデザートはとりやめ。
400円ちょっとなんだから別に高くもないんだけど、押し売りされると嫌なのよね。
さて、午後はいよいよ本日のメイン故宮に向かいます♪
まず天安門広場の見学。
地下道を通って行くのですが、警備が厳重で手荷物検査もあります。
(私たちは外国人ツアー客だったのでガイドさんと一緒に通れば手荷物検査はパスでしたが、
個人のお客さんは手荷物のX線検査があります)
そして、国旗掲揚台とテレビでよく見る毛沢東の巨大なお顔!
天安門広場は外国人だけでなく中国人観光客もたくさんいました。
国旗掲揚を一度は見るのが中国人の憧れだそうですよ。
再び地下通路を通って天安門をくぐり(もんのすごーい人・人・人)、
故宮博物院へ向かうのですがこれがまたけっこう距離がある。
天安門の次に端門をくぐって故宮入口の午門まで500メートル以上はあるはず。
人の多さに師匠が「さすが、故宮だねえ」というので
「まだ入ってないよ」と言うとすごく驚いていた。
午門を入って、まず政治のエリアである外朝。
太和殿を望む広場へ。確かここは「ラストエンペラー」のシーンで見たような・・・
あまりの広さに師匠はカメラのアングルに困ってました。
故宮の庭は地下を掘って刺客が侵入するのを防ぐために石畳が15層にもなっているそうですよ。
太和殿の玉座を見て、その上の竜玉を確認。
皇帝の座にふさわしくない人物が玉座に座ると竜玉が落ちて命を落とすといういわれがあるとか。
玉座が微妙に竜玉の下からずれているのは皇帝の座を狙った袁世凱がずらしたからという噂あり。
天上が高くて上を見て玉座を見るとずれているのかな?ってくらいにしか見えないです。
もっと天上が低くて一目で分かるくらいならいいのに(笑)
太和殿の屋根の飾り。聖獣たちが屋根を守ってます。
太和殿→中和殿→保和殿を出て、お次は皇帝の生活の場である内廷へ。
外朝は建物の名前は漢字のみ、だったのに、内廷は満州族の文字も併記ありです。
みんな皇帝夫妻が新婚初夜から三日を過ごすという坤寧宮の中を必死にのぞいてました(笑)
このあと御花園を通って出口へ。
西太后の暮らしていた西エリアはもちろん、後宮のあった東エリア(珍妃の井戸も九龍壁も見ず)も触れもせず。
確かに、天安門からまっすぐに北の神武門に抜けるだけで約2時間かかったから、
これでガイドさんが説明しながら東や西のエリアにも入っていたら1日かかってしまうものねぇ。
ツアーのお客さんたちは途中で「まだ歩くの?」と嘆く方もいたし。
これで、故宮観光は終り。寂しい・・・・
そして、この後掛け軸屋さんの予定が女性が多いということで真珠屋さんに変更。
私からしたらどうせ買わないんだから、まだ掛け軸のほうが見るものがあって良いかも。
10個1万円の真珠クリームを買う女性多かったです。
夕食は北京ダックで有名な「全聚徳」で。
おいしかったけど、団体だと気を遣いながらになってしまうので残念。
お代わりしたかったなあ~。
夕食後は前門建国飯店にある梨園劇場で京劇のOPに参加。
前に一人旅の時は、昼間自分でチケットを買いに来て見たけれど、
OPだと送迎もついていて便利便利。
ここは字幕(中国語、英語)があって、日本語のオーディオガイドもあり、
分かりやすい演目でちょっと京劇を見たいって人には便利です。
この写真は最後のカーテンコールの時のもの。(演じているときは暗くてうまく撮れなかったので)
これで、本当に観光は終り。
翌日は朝5時45分にホテルを出て8時半のJALで北京を発ち成田には昼過ぎには着きました。
全食事全観光つきの4日間(正味2日間の観光)も、
このお値段ならおすすめだと思います。
私は何度も来ているので省略された観光でもまあ良いし、
初めての人でもよほど体力に自信のある歴ヲタでもない限り大丈夫そうですよ。
最終日の夜は前日にスーパーで買ったお菓子やビールなどで部屋飲み。
師匠が「北京に来て良かったよ」と連発していた。
その理由を聞いたら、
実は北京には天安門広場と故宮くらいしかないと思っていて、
故宮もたいしたことないと思っていたからとのこと。
万里の長城も北京からあんなに近いと思ってなかったらしい。
「故宮は一度見ておいて良かったなあ。
故宮は中身がなにもないけど、あの大きさはすごいねぇ。
京都御所や景福宮(ソウルの宮殿)、フエ(ベトナムの宮殿跡、世界遺産です)と比べたら
やっぱり、中国人が中国が世界の中心だと言い出すのも仕方ないよ」と。
「ただ、内部はベルサイユ宮殿とかのほうがすごくない?」と言ってたけど。
まあ、調度品がないのは内戦で壊れたり持ち出されたりしたからだと思うけれど・・・
このところ、師匠とアジアめぐりをしていたので、そんな話になってしまった。
『これだけのモノを作れた国がどうして欧米諸国の半植民地みたいなことになってしまったのか』とか
『アジアの他の大国(インドやトルコ)も元は欧米諸国より進んだ文化を持っていたのに、
どうして遅れた国になってしまったのか』的なことを聞かれてそれは答えられたけど、
『中国がこれからどんな国になっていくのか、そしてそのとき日本は?』みたいな話になってくると
答えがすぐには出ないし、怖い気がしてきます。
今でさえ格差がすごくて、反日運動もあったりして、
良き隣人となれるのかしら・・・
これだけのビルが建ち、地下鉄などのハード面はかなり充実してきたけれど、
地下鉄でまだ降りる人がいるのに乗り込んできてもみくちゃになったり、
トイレで並ばすに平気で横入りしてきたりして、
人はまだまだかな、と思う。それとも国民性?
そういうことをガイドさんは「中国はこれから発展する国だから、許してくださいね」と言っていたけど。
表面のほんの一部分しか見ていない私たちが何を言うか?!って感じですよね。
あ、そうそう。中国といえばトイレ問題(笑)
前はトイレには扉がないし(ひどいところは個室を区切る壁もなかった。あるのは溝だけ)、
トイレットペーパーも硬くてお尻が切れそうなくらいだったのに、
今は観光地のトイレはどこも水洗で紙も普通で嬉しい限り。
師匠は面白かったからとこんなものを撮ってきてました。
これにて北京旅行記終り♪
次は来月の京都マラソンと月末の素敵女子との上海旅です。
それが終わるとしばらく旅の予定がないのが寂しいなあ・・・
4日間25,000円北京激安ツアー①長城♪長城♪ [旅日記]
「しゃおれん」というのはかつて中国を3週間一人旅したときに
出会った中国人に呼ばれて音が気に入って使っている名前。
最初に行った海外が22年前の中国で以来すごく好きな国の一つ。
行くたびにどんどん変わっていくところがすごくて気になって何度も行っていた。
とはいうものの、他にも行きたいところが多すぎてなかなか最近は行ってなかったので、
久しぶりに行ってみたくなって、師匠を誘って行ってみました。
それというのも、阪◎トラピックスで
北京4日間25,000円(燃油チャージ・税込もろもろで37,800円)という激安ツアーを見つけたから。
2月もまだまだ寒い北京だけど(最低気温は氷点下5度、最高気温も3度くらい)、
これでお食事も観光も、なんてどんな感じ?
という興味もあって行っちゃいました。
師匠は去年NHKの「蒼窮の昴」を見ていて西太后や頤和園、京劇などに少し興味がでたものの、
それほど北京に興味がなかったらしいけれど、
「これから仕事をしていく上でライバルを知っておいたほうがいいよ~」との私の弁に、
(師匠のお仕事は研究開発。世界各国の優秀な人材が同じ会社にたくさんいるらしい。)
帰ってきてから言うことには
「中国には行って良かった。想像以上に迫力があった。
あれを見ると、これからはアメリカ寄りのTPPじゃなくて、
どう中国とうまく共存してアジアで一緒にやっていくほうがいいんじゃないか?って思ったよ」とか。
冷静な師匠にそこまで言わしめた北京って・・・(笑)
では、どんな感じだったかお伝えしまーす。
またしても長いです(参考になれば・・・のつもりもあるので)
まず、木曜夕方成田集合。
団体受付カウンターで受付。
今回は、添乗員さんはいません。全て現地ガイドさんのみだとか。
やはり激安ツアーですね。
だけど、航空会社はJAL。
同じツアーの参加者は16人ですが、他にも他社のツアーバッチをつけた方がたくさん。
機内はほぼ満席でした。
そして、2004年以来8年ぶりの北京に到着♪
第3ターミナルに着きましたが、そこからシャトルで移動。


なんていうか・・・・
空港がきれいでそしてあまりに大きくて、
アジアのハブ空港は仁川かな、と思っていたけど北京も行けるかも・・・と思ってしまった。
2004年の時はまだ第3ターミナルはなかったと思うんだけど、いつのまに・・・?
シャトルには6分も乗るのも驚き。どれだけ大きいの?この空港。
と、私が驚くのも許してください。
最初に来た22年前の空港は閑散としていて、ところどころに兵隊さんがいて
思わず「写真を撮ってもいいですか?」と聞いてしまったほどなので。
こちらが問題の22年前の北京空港。

ガイドさんと合流してホテルへ。
ホテルは長城飯店(シェラトン)です。
お風呂の水はけが多少悪かったけれど、激安にしては上々です。

気に入ったのがアメニティを持っていた彼女。

ただ気になったのは「ホテルのセーフティボックスに預けると、
無くなったときに責任が分からないから、預けるのは自分の判断で」という主旨のことをガイドさんが言ったこと。
まあ、セーフティボックスって簡単に従業員があけられるからね~。
でも、普通はセーフティボックスに預けるほうが安全なんじゃないの~?
そうまで言われたら心配なので結局旅行中は師匠が貴重品を首から下げてくれました。
この日は部屋に入ったのはもう12時近く。お風呂に入ってすぐに就寝。
2日目はホテル発が7時半というので6時起きで朝食。
朝食は団体用なのか、特筆すべきことなし。まあまあです。
7時半にホテルを出てまず最初の観光は頤和園。
西太后の夏の離宮です。
1750年に乾隆帝が母の還暦を祝うために造園したけれど、
1860年に英仏連合軍によって壊されてしまったので、
それ西太后が巨額の海軍費用を使って改増築した巨大な庭園離宮。
この費用を北洋海軍に使ってたら、日本は清国に勝てなかったんじゃないか?とも言われる。
(真偽は如何に)

ここの観光は約50分の予定。
東門から入って徳和園、楽寿堂を抜けて
長廊(花鳥風月や三国志、西遊記などの絵が描かれている)をほんの一部通って
巨大な人造湖の昆明湖のほとりで写真撮影があって観光終り。
え?清晏舫(石でできた船)には行かないの?とか
十七孔橋(ドラマのロケで西太后が散歩してた)には行かないの?とか少し残念でしたが、
足元から来る寒さに耐え兼ねてまあ良しかな、と。
昆明湖はバリバリに凍っていました。
今回のツアーは、必ず行かなきゃ!的な名所は押さえているのですが、
どこもあまりに巨大なのでその中のメインの場所しか行かないのでした。
私は歴ヲタなのでかなり寂しいですが、何度も来た場所なのでまあいっか、です。
他の参加者のみなさまはそれほど思いいれもなさそうでしたし、
どこも巨大なのであまり長い観光で歩くのが疲れてしまう様子もあり、
そういった事情もあるのかな~と。
そして、お次は遠景からの写真撮影のみだけど、
2008年北京オリンピックの会場となった鳥の巣と水立方を。
道の反対側から見て各自で写真を撮ってます。

離れているのでその大きさがいまいち実感できなかったのが残念。
隣にあったIBMのビルが気になる・・・

この形風水とか関係あるのかしらん。
さて、この辺でツアー恒例のお土産屋さんへ。
なんと40分もの時間をかけて翡翠屋さんです(笑)
芸術作品のような素敵な大物を見て、きれいなトイレに行って、
サービスのお茶まで飲んでもまだ時間が余ります。
師匠とちらりとケースを覗いていたら
「オトーサン、ヒトツ買ッテアゲナサイヨ」って。
素敵なお値段の芸術品ものもあれば、
1万円を切るようなお手ごろ(?)な水晶のペンダントヘッドなどもあったのでね~。
やっとバスに乗り郊外へ移動。
明の十三陵へ向かいます。
そのバスの中でガイドさんの補助の女の子(以下ミス・チャン)が
個包装のパンダクッキーや、甘栗、飴などを配り始めます。
「おやつ付きか~、いや?待って・・・」と。
そう、お土産の車内販売なのでした~(笑)
パンダクッキー、烏龍茶クッキー、烏龍茶、ムキ甘栗などなど。
お値段はどれも60元で6個セットで360元。
組み合わせを変えることも可能で、なんとミッキーの手提げバックに入れてくれます。
これがまた売れるのよ~、びっくり(笑)
(確かに、自由時間が無いし、ホテルのそばにコンビニは無いし、
空港のお菓子もそこそこいいお値段なのでこれを買っちゃうのもいいのかもしれない)
私は職場にナイショで来ているので義理土産は必要ないので買わず。
明の十三陵は明の皇帝16人のうち13人の陵墓がある世界遺産です。
今回はそのうち、外征や贅沢のしすぎで国を疲弊させた万暦帝の陵墓(定陵)に行きました。
万暦帝は豊臣秀吉の朝鮮出兵時に援軍を送ったり、万暦赤絵の陶磁器を残したりとなかなか有名。
ただ、こちらは地下宮殿と呼ばれる地下の墓室の見学なのですが、
大きいけれど装飾があるわけでなく写真が映えなかったので写真無しです。
気に入ったのがこれ。

陵の園内にあったベンチが可愛かったので。
定陵はアジア系観光客が多いようですが、欧米系のツアーはあまり来ないとか。
地下の陵墓が怖いので陵墓の附属建築が奇跡的に残っている長陵(永楽帝の陵墓)の方が人気と。
(ガイドさん談)
ちなみに、永楽帝は鄭和(前回マラッカツアーでお会いしたけれど)の航海を行わせたり、
足利義満と勘合貿易をしたりと対外積極策をとった皇帝です。
そして、ここでお昼。2004年もここで食べた気がします。ちょうどいい場所なのかしら。
点心のお料理。おいしいです。
ただ、ツアーだと円卓の大皿料理も遠慮してしまいますね~。
さて、午後はいよいよ長城です!
石モノ好きにはたまらないです。
しかし、今回はなんとロープウエイで登るそうです。
あのすごい坂は自分の足で登らないと実感できないと思うんだけど、
ガイドさんが言うには
「前までのツアーはロープウエイはなかったけど、会社の競争が大変だからね」って。
風が強いと徒歩観光になるそうですが、この日はロープウエイは運行してました。

6人乗りのこのロープウエイ、初めて乗りましたが揺れます。
しかも、帰りに一緒に乗っていた日本人の方が
「あそこに鳥の巣ができてる・・・次からもう乗らない」なんて言ってたわ。
怖い・・・(笑)
さて、ロープウエイは女坂の北七楼のそばに着きます。
そこから約45分間の自由行動。
北八楼までの急な坂道に闘志がわきます。でも、すぐ着いちゃう(涙)
周囲を見渡し写真を撮ったり、坂道を楽しんだり。


もっと時間があれば女坂から男坂まで走破したいのだけど・・・・ツアーは時間があるので悲しい。
師匠ももっと歩き回りたかったみたい。
全長19キロの司馬台長城(2014年まで改修中で登れないらしい)というのがあるので
次回はぜひとも登りたい~!!
ロープウエィを導入した理由が分かりました。
私は自由時間をフルに歩き回って長城を堪能していたけれど、
多くのツアーの方が疲れたのか早めに降りてバスで休んでいたそう。
楽しかった~♪♪
観光はこれで終りかと思いきや、この後「随縁芸術館」という博物館の見学。
事前にガイドさんが「ご注意ですけど、中国の博物館は販売があります」と言ってましたが
その理由が分かりました。
ものすごい玉の芸術作品などを説明付きで見た後になんと芸術作品の販売が・・・(笑)

この素敵な作品と飾り棚が日本への送料や税関の手続き料なども全て込みで88万円!
師匠は「いいなあ」とか言って見てたけど・・・
このツアー2万5000円でしょ~?!参加者見て説明したら~(笑)
地下はお土産屋さんになっていて恒例のお茶とトイレ休憩に。
買わなくても楽しめますね。
夕食は中華風しゃぶしゃぶ。
今回はツアーなので食事の写真が撮れませんでした。
夕食後はホテルに直接帰る人たちと、
OPに参加する人たち(雑技鑑賞かマッサージ)に分かれるのですが、
自由時間が全く無いのが不満の私はガイドさんに断って街歩きをしました。
こういうのは添乗員さんだと心配して反対されそうだけど、
ガイドさんは私が北京6回目だと言ったらあっさりOKでした。
師匠と二人でやっとフリータイム♪
北京の街へ繰り出します。

工事中のところもあれば、遠くに高層ビルの夜景も広がりこのアンバランスが北京なのですよね。
と、ここで師匠にものすごく叱られました。
その理由は私が地元の人に混じって激しく信号無視をしたから。
自分でも「ちょっと危ないかな~、でも走っていけば大丈夫」と思ったんだけど「危ない!」って。
「何度も北京に来て今まで轢かれたことない!」と思わずむかついて言い返してしまったけど、
心配されるうちが花ですよね。
その後はあれほどは激しく信号無視はしなかったです(笑)
ま、少しふてくされてましたが。
ウォルマートでお菓子やビールを買った後で、
師匠の好きそうな屋台街を見るために王府井へ地下鉄で移動。
今は地下鉄の券売機も英語表記が出るのですね、便利便利。
ウォルマート、カルフール、ヨーカドーまで大型店が続々。
コンビニはそれほど多くないけど、個人商店の「超市」ならちらほら。
自分が物心ついてからの今までの日本も大きく変わったと思うけど、
中国の変化はそれ以上でしかも短期間のうちなので怖いくらいです。
急激な変化で公害問題や格差の拡大なども深刻で
お隣の超大国のことだけにとても気になります。
王府井もなんだかすっかり変わりました。
外国のブランドのお店も多いし、デパートばかり。
いかにも観光客向けになってしまった屋台街。

前はもーっと、小汚くて雰囲気あったんだけど。少し寂しい。

私の好きな羊肉串。買おうかどうか迷ったけど自粛。

おぉ~、こんなものまで。前はあったかなぁ?
とまあこんな風に街も楽しみホテルに戻れば10時。
BSNHKも見たりして朝から晩まで楽しみました。
出会った中国人に呼ばれて音が気に入って使っている名前。
最初に行った海外が22年前の中国で以来すごく好きな国の一つ。
行くたびにどんどん変わっていくところがすごくて気になって何度も行っていた。
とはいうものの、他にも行きたいところが多すぎてなかなか最近は行ってなかったので、
久しぶりに行ってみたくなって、師匠を誘って行ってみました。
それというのも、阪◎トラピックスで
北京4日間25,000円(燃油チャージ・税込もろもろで37,800円)という激安ツアーを見つけたから。
2月もまだまだ寒い北京だけど(最低気温は氷点下5度、最高気温も3度くらい)、
これでお食事も観光も、なんてどんな感じ?
という興味もあって行っちゃいました。
師匠は去年NHKの「蒼窮の昴」を見ていて西太后や頤和園、京劇などに少し興味がでたものの、
それほど北京に興味がなかったらしいけれど、
「これから仕事をしていく上でライバルを知っておいたほうがいいよ~」との私の弁に、
(師匠のお仕事は研究開発。世界各国の優秀な人材が同じ会社にたくさんいるらしい。)
帰ってきてから言うことには
「中国には行って良かった。想像以上に迫力があった。
あれを見ると、これからはアメリカ寄りのTPPじゃなくて、
どう中国とうまく共存してアジアで一緒にやっていくほうがいいんじゃないか?って思ったよ」とか。
冷静な師匠にそこまで言わしめた北京って・・・(笑)
では、どんな感じだったかお伝えしまーす。
またしても長いです(参考になれば・・・のつもりもあるので)
まず、木曜夕方成田集合。
団体受付カウンターで受付。
今回は、添乗員さんはいません。全て現地ガイドさんのみだとか。
やはり激安ツアーですね。
だけど、航空会社はJAL。
同じツアーの参加者は16人ですが、他にも他社のツアーバッチをつけた方がたくさん。
機内はほぼ満席でした。
そして、2004年以来8年ぶりの北京に到着♪
第3ターミナルに着きましたが、そこからシャトルで移動。
なんていうか・・・・
空港がきれいでそしてあまりに大きくて、
アジアのハブ空港は仁川かな、と思っていたけど北京も行けるかも・・・と思ってしまった。
2004年の時はまだ第3ターミナルはなかったと思うんだけど、いつのまに・・・?
シャトルには6分も乗るのも驚き。どれだけ大きいの?この空港。
と、私が驚くのも許してください。
最初に来た22年前の空港は閑散としていて、ところどころに兵隊さんがいて
思わず「写真を撮ってもいいですか?」と聞いてしまったほどなので。
こちらが問題の22年前の北京空港。

ガイドさんと合流してホテルへ。
ホテルは長城飯店(シェラトン)です。
お風呂の水はけが多少悪かったけれど、激安にしては上々です。
気に入ったのがアメニティを持っていた彼女。
ただ気になったのは「ホテルのセーフティボックスに預けると、
無くなったときに責任が分からないから、預けるのは自分の判断で」という主旨のことをガイドさんが言ったこと。
まあ、セーフティボックスって簡単に従業員があけられるからね~。
でも、普通はセーフティボックスに預けるほうが安全なんじゃないの~?
そうまで言われたら心配なので結局旅行中は師匠が貴重品を首から下げてくれました。
この日は部屋に入ったのはもう12時近く。お風呂に入ってすぐに就寝。
2日目はホテル発が7時半というので6時起きで朝食。
朝食は団体用なのか、特筆すべきことなし。まあまあです。
7時半にホテルを出てまず最初の観光は頤和園。
西太后の夏の離宮です。
1750年に乾隆帝が母の還暦を祝うために造園したけれど、
1860年に英仏連合軍によって壊されてしまったので、
それ西太后が巨額の海軍費用を使って改増築した巨大な庭園離宮。
この費用を北洋海軍に使ってたら、日本は清国に勝てなかったんじゃないか?とも言われる。
(真偽は如何に)
ここの観光は約50分の予定。
東門から入って徳和園、楽寿堂を抜けて
長廊(花鳥風月や三国志、西遊記などの絵が描かれている)をほんの一部通って
巨大な人造湖の昆明湖のほとりで写真撮影があって観光終り。
え?清晏舫(石でできた船)には行かないの?とか
十七孔橋(ドラマのロケで西太后が散歩してた)には行かないの?とか少し残念でしたが、
足元から来る寒さに耐え兼ねてまあ良しかな、と。
昆明湖はバリバリに凍っていました。
今回のツアーは、必ず行かなきゃ!的な名所は押さえているのですが、
どこもあまりに巨大なのでその中のメインの場所しか行かないのでした。
私は歴ヲタなのでかなり寂しいですが、何度も来た場所なのでまあいっか、です。
他の参加者のみなさまはそれほど思いいれもなさそうでしたし、
どこも巨大なのであまり長い観光で歩くのが疲れてしまう様子もあり、
そういった事情もあるのかな~と。
そして、お次は遠景からの写真撮影のみだけど、
2008年北京オリンピックの会場となった鳥の巣と水立方を。
道の反対側から見て各自で写真を撮ってます。
離れているのでその大きさがいまいち実感できなかったのが残念。
隣にあったIBMのビルが気になる・・・
この形風水とか関係あるのかしらん。
さて、この辺でツアー恒例のお土産屋さんへ。
なんと40分もの時間をかけて翡翠屋さんです(笑)
芸術作品のような素敵な大物を見て、きれいなトイレに行って、
サービスのお茶まで飲んでもまだ時間が余ります。
師匠とちらりとケースを覗いていたら
「オトーサン、ヒトツ買ッテアゲナサイヨ」って。
素敵なお値段の芸術品ものもあれば、
1万円を切るようなお手ごろ(?)な水晶のペンダントヘッドなどもあったのでね~。
やっとバスに乗り郊外へ移動。
明の十三陵へ向かいます。
そのバスの中でガイドさんの補助の女の子(以下ミス・チャン)が
個包装のパンダクッキーや、甘栗、飴などを配り始めます。
「おやつ付きか~、いや?待って・・・」と。
そう、お土産の車内販売なのでした~(笑)
パンダクッキー、烏龍茶クッキー、烏龍茶、ムキ甘栗などなど。
お値段はどれも60元で6個セットで360元。
組み合わせを変えることも可能で、なんとミッキーの手提げバックに入れてくれます。
これがまた売れるのよ~、びっくり(笑)
(確かに、自由時間が無いし、ホテルのそばにコンビニは無いし、
空港のお菓子もそこそこいいお値段なのでこれを買っちゃうのもいいのかもしれない)
私は職場にナイショで来ているので義理土産は必要ないので買わず。
明の十三陵は明の皇帝16人のうち13人の陵墓がある世界遺産です。
今回はそのうち、外征や贅沢のしすぎで国を疲弊させた万暦帝の陵墓(定陵)に行きました。
万暦帝は豊臣秀吉の朝鮮出兵時に援軍を送ったり、万暦赤絵の陶磁器を残したりとなかなか有名。
ただ、こちらは地下宮殿と呼ばれる地下の墓室の見学なのですが、
大きいけれど装飾があるわけでなく写真が映えなかったので写真無しです。
気に入ったのがこれ。
陵の園内にあったベンチが可愛かったので。
定陵はアジア系観光客が多いようですが、欧米系のツアーはあまり来ないとか。
地下の陵墓が怖いので陵墓の附属建築が奇跡的に残っている長陵(永楽帝の陵墓)の方が人気と。
(ガイドさん談)
ちなみに、永楽帝は鄭和(前回マラッカツアーでお会いしたけれど)の航海を行わせたり、
足利義満と勘合貿易をしたりと対外積極策をとった皇帝です。
そして、ここでお昼。2004年もここで食べた気がします。ちょうどいい場所なのかしら。
点心のお料理。おいしいです。
ただ、ツアーだと円卓の大皿料理も遠慮してしまいますね~。
さて、午後はいよいよ長城です!
石モノ好きにはたまらないです。
しかし、今回はなんとロープウエイで登るそうです。
あのすごい坂は自分の足で登らないと実感できないと思うんだけど、
ガイドさんが言うには
「前までのツアーはロープウエイはなかったけど、会社の競争が大変だからね」って。
風が強いと徒歩観光になるそうですが、この日はロープウエイは運行してました。
6人乗りのこのロープウエイ、初めて乗りましたが揺れます。
しかも、帰りに一緒に乗っていた日本人の方が
「あそこに鳥の巣ができてる・・・次からもう乗らない」なんて言ってたわ。
怖い・・・(笑)
さて、ロープウエイは女坂の北七楼のそばに着きます。
そこから約45分間の自由行動。
北八楼までの急な坂道に闘志がわきます。でも、すぐ着いちゃう(涙)
周囲を見渡し写真を撮ったり、坂道を楽しんだり。
もっと時間があれば女坂から男坂まで走破したいのだけど・・・・ツアーは時間があるので悲しい。
師匠ももっと歩き回りたかったみたい。
全長19キロの司馬台長城(2014年まで改修中で登れないらしい)というのがあるので
次回はぜひとも登りたい~!!
ロープウエィを導入した理由が分かりました。
私は自由時間をフルに歩き回って長城を堪能していたけれど、
多くのツアーの方が疲れたのか早めに降りてバスで休んでいたそう。
楽しかった~♪♪
観光はこれで終りかと思いきや、この後「随縁芸術館」という博物館の見学。
事前にガイドさんが「ご注意ですけど、中国の博物館は販売があります」と言ってましたが
その理由が分かりました。
ものすごい玉の芸術作品などを説明付きで見た後になんと芸術作品の販売が・・・(笑)
この素敵な作品と飾り棚が日本への送料や税関の手続き料なども全て込みで88万円!
師匠は「いいなあ」とか言って見てたけど・・・
このツアー2万5000円でしょ~?!参加者見て説明したら~(笑)
地下はお土産屋さんになっていて恒例のお茶とトイレ休憩に。
買わなくても楽しめますね。
夕食は中華風しゃぶしゃぶ。
今回はツアーなので食事の写真が撮れませんでした。
夕食後はホテルに直接帰る人たちと、
OPに参加する人たち(雑技鑑賞かマッサージ)に分かれるのですが、
自由時間が全く無いのが不満の私はガイドさんに断って街歩きをしました。
こういうのは添乗員さんだと心配して反対されそうだけど、
ガイドさんは私が北京6回目だと言ったらあっさりOKでした。
師匠と二人でやっとフリータイム♪
北京の街へ繰り出します。
工事中のところもあれば、遠くに高層ビルの夜景も広がりこのアンバランスが北京なのですよね。
と、ここで師匠にものすごく叱られました。
その理由は私が地元の人に混じって激しく信号無視をしたから。
自分でも「ちょっと危ないかな~、でも走っていけば大丈夫」と思ったんだけど「危ない!」って。
「何度も北京に来て今まで轢かれたことない!」と思わずむかついて言い返してしまったけど、
心配されるうちが花ですよね。
その後はあれほどは激しく信号無視はしなかったです(笑)
ま、少しふてくされてましたが。
ウォルマートでお菓子やビールを買った後で、
師匠の好きそうな屋台街を見るために王府井へ地下鉄で移動。
今は地下鉄の券売機も英語表記が出るのですね、便利便利。
ウォルマート、カルフール、ヨーカドーまで大型店が続々。
コンビニはそれほど多くないけど、個人商店の「超市」ならちらほら。
自分が物心ついてからの今までの日本も大きく変わったと思うけど、
中国の変化はそれ以上でしかも短期間のうちなので怖いくらいです。
急激な変化で公害問題や格差の拡大なども深刻で
お隣の超大国のことだけにとても気になります。
王府井もなんだかすっかり変わりました。
外国のブランドのお店も多いし、デパートばかり。
いかにも観光客向けになってしまった屋台街。
前はもーっと、小汚くて雰囲気あったんだけど。少し寂しい。
私の好きな羊肉串。買おうかどうか迷ったけど自粛。
おぉ~、こんなものまで。前はあったかなぁ?
とまあこんな風に街も楽しみホテルに戻れば10時。
BSNHKも見たりして朝から晩まで楽しみました。
恩師を訪ねて弾丸トラベラー♪クアラルンプール旅行記③ [旅日記]
3日目の観光の様子を伝える前に
先生とまわったKL郊外の観光の様子を。
世界一のモスクというブルーモスク。
そして、先生の勤務先やお住まいの近くをドライブ。
郊外にはジャスコやカルフールなどの大型ショッピングセンターがあります。
スケート場などもあるらしい。
モスクではスカーフとワンピースを借りて、
ガイドさんと一緒に観光。
中国人の団体さんと一緒に見学。
このワンピース姿、帰国後ダイエッ決意を新たにさせるものだったということだけお伝えしましょう。
モスクは青のドームが大きくて美しかったです。
ミナレット(塔)は世界で2番目の高さ、
1番目はモロッコにあるとのこと、待っててね~。
これらはkLから南西のほうにあるのですが、
その後郊外にあるヒンドゥー寺院(バトウ・ケイブ)まで連れて行ってくださいました。
これで、ほぼKLの見どころはおさえた感じ。
バトウ・ケイブはビジュアル的にすごいです。

崖の前に黄金のムルガン神がそびえたつ。
(シヴァ神だと思っていたらマラッカへの観光途中に
シヴァ神の長男のムルガン神だと教わった。力の神様とのこと。
シヴァ神の息子はガネーシャ神しか知らなかったのでびっくり。
国によって人気のある神様って違うのね。)
ちょうど観光しようとしたら夕立が来て、
先生は下で待つとおっしゃるのでKさまと二人で272段の階段を登る。
階段を登るとその上は巨大な洞窟になっていて、
神殿がありました。

洞窟の中に上が空いているところがあって光の加減が神々しい感じ。
見学の後は下りです。
濡れているから下る方が怖い。

猿が威嚇してくるし・・・
動物怖い私は、猿が観光客の持っていたレジ袋の食糧ひったくるの見て足がとまりましたよ。
今回の旅行は2泊3日でしたが、
観光の目玉はほぼ見られた感じ。
あと1日あったらツインタワーに上ってお買い物したかな?というところかも。
時間がないビジネスマンのみなさま、
金曜1日休めば2泊3日でKL旅行できますよ~。
さて、最終日のマラッカ観光。
8時半にホテルにお迎えが来て、
車で2時間かけてマラッカへ向かいます。
今回のOPツアーは私たち二人きり。
車の中で韓流の話で盛り上がります。
マラッカ市内に入り、観光開始。
青雲亭というマレーシア最古の中国寺院。
1646年明の鄭和のマラッカ航海を称えて建立されたとか。
屋根の形が船の形なのが海から渡ってきた民族ぽいですね。


これは球をもっていますが、お金を表し、さしずね商売繁盛ってところでしょうか?

こちらは子供を抱いてますよね。子孫繁栄ってところかな?
このお寺も盛大にお線香を焚いていていぶされました。
ちなみにそばにあった北から渡ってきた中国の方のお寺は屋根がまっすぐ。

そして、そばにあるのは「カンポン・クリンズ・モスク」

1728年にスマトラ建築様式で建てられたモスク。
内部のタイルなどはオランダ統治時代のオリジナルとか。
玉ねぎ型ドームはなく、塔の形も珍しい。
そして、先ほどの中国寺院とこのモスク、
そしてすぐそばにヒンドゥー寺院がほんの数十メートルの間に建っている。
宗教対立もなく、多民族国家だった貿易で繁栄したマラッカ王国を偲びます。
その後は、中国人街、オランダ・イギリス人街などをぶらぶら。
かつてオランダ統治時代は建物の間口で税金が決まったとかで、
こちらはこんなに間口が狭い~。

だけど、奥行きはすごいのですよ。

先ほどの家とは違うけれどこんなに深い。
K様の歩幅で88歩。
そして、笑えたのがこれ。

見えにくいけれど、表札の上に穴があるのが分かりますか?
これは来客が来た時に上からのぞいて誰が来たかを見るものらしいです。
横着ですね~。それとも防犯?

街の中心と言われるオランダ広場。

S・フランシスコ・ザビエル教会。
かのザビエルはここから日本へ布教に来たのですね~。
案内人となったやじろうさんと一緒に銅像になっています。

これはマラッカ市の紋章。
建国者の王子様が亡命してきてこの地に逃れてきて、
連れてきた猟犬が鹿に蹴落とされてしまったのを見て、
逃亡者のわが身を奮い立たせたっていう伝説に基づいてます。
下の木はマラッカの木。
街のあちこちにあります。
王子様は地元の人に地名を聞いたのに、
地元の人は王子様が立っていたところの木の名前を教えてしまったとか。
えてして、建国神話はこんな感じ?

鄭和記念館は見学しなかったので、記念館のお庭にいる後姿を撮影。
マゼランよりも鄭和の功績をアジア人ならもっと学ばなければ。
といいつつ、かつての教員時代は欧米中心の歴史を教えていたのですよね、残念です。
他にもサンチャゴ砦を見学したり、トライショー(飾りのある輪タク)に乗ったりして
マラッカを楽しむ。
観光は以上でおしまい。
お昼はニョニャ(マレーと中国系のハーフの女性をいう。男性はババ)料理をいただく。
老舗のニョニャ料理屋「オレ・サヤン」にて。

入り口に大きく「親切」と書いてありますが、
サヤンとは漢字で書くと親切なのですって。音がきれいですね~。
お料理はマレーと中華の混淆と聞いたけれど、どちらかというと中華寄り。

安心のお味です。

デザートはかき氷。
恩師の「マレーシアの水は大丈夫」というお言葉と自分のお腹を信じて食べる。
氷の下には甘い牛乳みたいな蜜と植物で色つけた緑色の細長い寒天状のもの。
ビジュアル的に写真撮りたくなかったのでご想像くださいませ。
お味はおいしゅうございました。
マラッカからの帰りのバスでは爆睡して、
KLに戻ってからはブキ・ビンタンのホテルのスパ2時間コースでほぐされ、
夕食はなぜかカルグクス(マレーシアまで来て韓国料理?!って感じですが、
ショッピングモールの中のそのお店に東方神起のポスターが貼ってあったんだもん)。
その後は空港へ行って10時55分の成田行きJALに乗って帰りました。
成田に着いたら、月曜の朝、
荷物を送ってスーツに着替えて出社するK様、さすがだね~。
こうして2泊3日のKL旅行はぎっしりと中身の濃いものとなりました。
今はまだ変なテンションの名残で、
この文章もどこか浮ついているけれど、
旅の思い出は胸の奥でじっくり熟成させていつかいい感じになるもの。
メインの恩師との再会は楽しく、
そして今後の自分の身の振り方について考えるきっかけとなったし、
世界遺産も見られたし。
何より旧正月で街全体がお祭り気分だったのが嬉しかったです♪

気になったのがこちら。
橙の飾りが街のあちこちに。そういえば、日本も鏡餅の上に飾りますよね。
お正月の縁起物なのかしら。
最後に
誘ってくれたK様、
快く出迎えてくださった恩師に感謝感謝です。
先生とまわったKL郊外の観光の様子を。
世界一のモスクというブルーモスク。
そして、先生の勤務先やお住まいの近くをドライブ。
郊外にはジャスコやカルフールなどの大型ショッピングセンターがあります。
スケート場などもあるらしい。
モスクではスカーフとワンピースを借りて、
ガイドさんと一緒に観光。
中国人の団体さんと一緒に見学。
このワンピース姿、帰国後ダイエッ決意を新たにさせるものだったということだけお伝えしましょう。
モスクは青のドームが大きくて美しかったです。
ミナレット(塔)は世界で2番目の高さ、
1番目はモロッコにあるとのこと、待っててね~。
これらはkLから南西のほうにあるのですが、
その後郊外にあるヒンドゥー寺院(バトウ・ケイブ)まで連れて行ってくださいました。
これで、ほぼKLの見どころはおさえた感じ。
バトウ・ケイブはビジュアル的にすごいです。
崖の前に黄金のムルガン神がそびえたつ。
(シヴァ神だと思っていたらマラッカへの観光途中に
シヴァ神の長男のムルガン神だと教わった。力の神様とのこと。
シヴァ神の息子はガネーシャ神しか知らなかったのでびっくり。
国によって人気のある神様って違うのね。)
ちょうど観光しようとしたら夕立が来て、
先生は下で待つとおっしゃるのでKさまと二人で272段の階段を登る。
階段を登るとその上は巨大な洞窟になっていて、
神殿がありました。
洞窟の中に上が空いているところがあって光の加減が神々しい感じ。
見学の後は下りです。
濡れているから下る方が怖い。
猿が威嚇してくるし・・・
動物怖い私は、猿が観光客の持っていたレジ袋の食糧ひったくるの見て足がとまりましたよ。
今回の旅行は2泊3日でしたが、
観光の目玉はほぼ見られた感じ。
あと1日あったらツインタワーに上ってお買い物したかな?というところかも。
時間がないビジネスマンのみなさま、
金曜1日休めば2泊3日でKL旅行できますよ~。
さて、最終日のマラッカ観光。
8時半にホテルにお迎えが来て、
車で2時間かけてマラッカへ向かいます。
今回のOPツアーは私たち二人きり。
車の中で韓流の話で盛り上がります。
マラッカ市内に入り、観光開始。
青雲亭というマレーシア最古の中国寺院。
1646年明の鄭和のマラッカ航海を称えて建立されたとか。
屋根の形が船の形なのが海から渡ってきた民族ぽいですね。
これは球をもっていますが、お金を表し、さしずね商売繁盛ってところでしょうか?
こちらは子供を抱いてますよね。子孫繁栄ってところかな?
このお寺も盛大にお線香を焚いていていぶされました。
ちなみにそばにあった北から渡ってきた中国の方のお寺は屋根がまっすぐ。
そして、そばにあるのは「カンポン・クリンズ・モスク」
1728年にスマトラ建築様式で建てられたモスク。
内部のタイルなどはオランダ統治時代のオリジナルとか。
玉ねぎ型ドームはなく、塔の形も珍しい。
そして、先ほどの中国寺院とこのモスク、
そしてすぐそばにヒンドゥー寺院がほんの数十メートルの間に建っている。
宗教対立もなく、多民族国家だった貿易で繁栄したマラッカ王国を偲びます。
その後は、中国人街、オランダ・イギリス人街などをぶらぶら。
かつてオランダ統治時代は建物の間口で税金が決まったとかで、
こちらはこんなに間口が狭い~。
だけど、奥行きはすごいのですよ。
先ほどの家とは違うけれどこんなに深い。
K様の歩幅で88歩。
そして、笑えたのがこれ。
見えにくいけれど、表札の上に穴があるのが分かりますか?
これは来客が来た時に上からのぞいて誰が来たかを見るものらしいです。
横着ですね~。それとも防犯?
街の中心と言われるオランダ広場。
S・フランシスコ・ザビエル教会。
かのザビエルはここから日本へ布教に来たのですね~。
案内人となったやじろうさんと一緒に銅像になっています。
これはマラッカ市の紋章。
建国者の王子様が亡命してきてこの地に逃れてきて、
連れてきた猟犬が鹿に蹴落とされてしまったのを見て、
逃亡者のわが身を奮い立たせたっていう伝説に基づいてます。
下の木はマラッカの木。
街のあちこちにあります。
王子様は地元の人に地名を聞いたのに、
地元の人は王子様が立っていたところの木の名前を教えてしまったとか。
えてして、建国神話はこんな感じ?
鄭和記念館は見学しなかったので、記念館のお庭にいる後姿を撮影。
マゼランよりも鄭和の功績をアジア人ならもっと学ばなければ。
といいつつ、かつての教員時代は欧米中心の歴史を教えていたのですよね、残念です。
他にもサンチャゴ砦を見学したり、トライショー(飾りのある輪タク)に乗ったりして
マラッカを楽しむ。
観光は以上でおしまい。
お昼はニョニャ(マレーと中国系のハーフの女性をいう。男性はババ)料理をいただく。
老舗のニョニャ料理屋「オレ・サヤン」にて。
入り口に大きく「親切」と書いてありますが、
サヤンとは漢字で書くと親切なのですって。音がきれいですね~。
お料理はマレーと中華の混淆と聞いたけれど、どちらかというと中華寄り。
安心のお味です。
デザートはかき氷。
恩師の「マレーシアの水は大丈夫」というお言葉と自分のお腹を信じて食べる。
氷の下には甘い牛乳みたいな蜜と植物で色つけた緑色の細長い寒天状のもの。
ビジュアル的に写真撮りたくなかったのでご想像くださいませ。
お味はおいしゅうございました。
マラッカからの帰りのバスでは爆睡して、
KLに戻ってからはブキ・ビンタンのホテルのスパ2時間コースでほぐされ、
夕食はなぜかカルグクス(マレーシアまで来て韓国料理?!って感じですが、
ショッピングモールの中のそのお店に東方神起のポスターが貼ってあったんだもん)。
その後は空港へ行って10時55分の成田行きJALに乗って帰りました。
成田に着いたら、月曜の朝、
荷物を送ってスーツに着替えて出社するK様、さすがだね~。
こうして2泊3日のKL旅行はぎっしりと中身の濃いものとなりました。
今はまだ変なテンションの名残で、
この文章もどこか浮ついているけれど、
旅の思い出は胸の奥でじっくり熟成させていつかいい感じになるもの。
メインの恩師との再会は楽しく、
そして今後の自分の身の振り方について考えるきっかけとなったし、
世界遺産も見られたし。
何より旧正月で街全体がお祭り気分だったのが嬉しかったです♪

気になったのがこちら。
橙の飾りが街のあちこちに。そういえば、日本も鏡餅の上に飾りますよね。
お正月の縁起物なのかしら。
最後に
誘ってくれたK様、
快く出迎えてくださった恩師に感謝感謝です。
恩師を訪ねて弾丸トラベラー♪クアラルンプール旅行記② [旅日記]
さて、2日目。
12時にセントラルマーケットで恩師と待ち合わせなので、
午前中にKL市内を観光しようという予定。
7時に起きようとするも、
6時43分ごろ、日本からのメールで起こされる。
山梨県東部で震度5弱の地震が起きたとのこと。
心配・・・(その後も地震メールがちょいちょい届き心配になる)。
というわけで7時に起き上がると外はまだ真っ暗。
緯度が低いのと、マレーシアは東部の時刻にあわせたので(東部の島の北上に香港がある)、
本来は日本と2時間の時差のはずなのに1時間の時差のため
7時とはいってもまだ6時の感覚なのでした。
朝食後、いざ出発♪
タクシーで「マスジットジャメ(モスク)」を指定すると「20RM」とのこと。
駅から13RMだったのに、と文句を言うと「Holiday」と言われるのであっさり引き下がる。
休日の朝だからか道はすいていてあっという間にモスクに到着。


1909年に建てられたKL最古のモスクだそう。しかも、KL駅と同じくイギリス人ハボックの設計。
玉ねぎ型のドームのむこうに高層ビルが見えるのがKLらしい。
お祈りの時間は入場不可ですが、
異教徒でも入り口でスカーフとワンピースを借りて見学できます。
(インドネシアのムスリムの女性の衣装をなんというのかな?
ブルカやチャドルは眼だけ見せるような服装のことだと思うのだけど)
このスカーフは顔の周りがゴムのようになっていて、
しかもけっこうきつい!丸顔の女性が多いように思うけど顔が小さいのね。
っていうか、私が太ってしまったからなのね(現在もしかすると人生最高体重かも)
というわけで写真は公開できません。
イスラム建築もここ数年かなり見ていて、
幾何学模様や凝った彫刻に心惹かれます。
裸体の彫刻などがないのも好印象。
お祈りの場所には立ち入らないようにさらっと観光して立ち去ります。
お次は歩いてすぐの「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」
1890年代に建てられた旧連邦事務局ビル。現在は最高裁判所です。
モスクから歩いていると、いきなり目の前にすごい光景が!
どうもムルデカ広場(独立広場)はお正月の式典なのか、
色々なグループのパレードが通っていきます。
「この時期に来てよかったね~」またしても言い合う私たち。

マレーシアの国旗を持った女性たち。カメラ目線ありがとうございますっ。

お次は中華系のみなさま。今年は辰年だものねぇ。

沿道で出番待ちの子供たち。にっこりと笑ってくれてありがとう♪

この衣装はどの人たちかしら?

イギリスの植民地だったからなのか、バグパイプの一団も。
丘の上の王子様は残念ながらいなかったわ~。
しかし、こんなグループも。(「コスプレファン」とあった)

日本人が飛び入り参加?それとも現地のファンなのか?謎です。
他にも赤のミニクーパーの一団とかバイク軍団とか、
軍隊や消防団など一糸乱れぬ行進などなど、
次から次から来るのでハマってみていました。
ちなみにお目当てのビルはこちら。

KL観光は「るるぶ」に乗っ取って定番をまわっています。
よって、お次は川を渡ってチャイナタウンへ。
関帝廟~。

お参りのみなさまが多く、お線香が本当に煙いです。
ありがたさを越えて燻製になってしまいそう。
私は信仰を持たないので、すべての神様に真摯な気持ちでこれからの平安をお祈りしてしまいます(笑)
それから歩いてすぐのヒンドゥー寺院「スリ・マハ・マリアマン寺院」

今までバリでもカンボジアでもヒンドゥー遺跡ばかりで生きてるお寺は久しぶり(本場インド以来)。
なので、極彩色のお寺の装飾にびっくり。
なんだか、すごく活力ある宗教ですね~。
門のところで女の子二人が信者の方にお水を渡していて、
一緒に写真を撮ってもらったのだけど、
インドの女の子はぽっちゃりしていても顔がすっごくちっさい!
頭身が多いのか?その写真を見た師匠の感想が
「しゃおれん(仮名)は1歩前にいるの?」だった。
さてさて、るるぶによるとKL観光のおすすめは
3大宗教寺院と4つの歴史的建築とある。
寺院は見たので、残りの歴史的建築物も押えておきましょう。
(体力ある私につきあわされK様も大変だったことでしょう)
またしても川を渡り、
今度はKL駅。

この駅は今から約100年前1911年にハボックの設計により完成。
イスラムとインドの建築様式の融合、ムーア様式となってます。
屋根の上のとがったところなんて砂糖菓子みたい。
それにしても、駅はがらんとしていて不思議です。
KLセントラル駅のほうは夜でも混雑していたけど、こちらはメインじゃないのかな?
宗教の制約なのか女性専用車両なんかも見かけました。
駅のお向かいにあるマレーシア鉄道公社ビルも見ました。
土日はお休みとのことで、外観だけ。
写真はあまりよく撮れなかったので割愛します。
再び歩いてセントラルマーケットへ。
この時点で万歩計はほぼ1万歩。
K様、私を相方にしてちょっと後悔してる?
そして、時間がちょうど待ち合わせに。
はたして20数年ぶりの恩師は私たちに気づいてくれるのでしょうか?
こんな場所にいるアラフォー日本人女性2人組がいたら、そうだと思ってくれますよね?
最初になんて言おう?と頭の中がクルクルとまわります。
おしゃべり好きな割に気の利いたことが言えないたちの私なので。
そして、待ち合わせのセントラルマーケットの駐車場で向こうから近づいてくる一人の日本人男性が!
無事、再会できました。
ここからは、私は変なテンションなので
何をどう話したのかよく覚えていないのです。
とりあえず、私のことを覚えてくれているという話で
「大工さんの子なのに、よく勉強できたよね」という話から。
優等生で良かった~、と思った一瞬。
それと、どうも古文の時間に「好きな百人一首の歌」を
「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は物をこそ思へ」と言ったからとか。
昔も今も純情(?)な私、中学生時代にそんなこと言わないはず。
「恋すてふ~」とか「つくばねの~」だと思うのだけど・・・
まあ、覚えていてくださったことに感謝です。
それから先生の運転でチキンライスを食べることに。
そう、先生が運転しているんです!
今までアジアでプロの運転手でもない日本人が運転しているのって見たことがなかった。
現地独特の運転ルールがあって危ないから(笑)
先生の職場でも他の国ではドライバーを雇うらしいけれど、
マレーシアでは自分で運転していいとのこと。
先生の運転で郊外へドライブです。
お目当てのお店のそばでも、獅子舞が爆竹の煙と共に舞ってます。

派手ですね~。爆音です。
景気が良いことこのうえない。
さて、お昼を食べながらも先生がなぜこの地に来たのか?
私たちを送り出してからの、長い教師生活その他をお聞きする。
ちなみにお昼のチキンライスは、日本のケチャップ味のあれとは違って
蒸したチキンを乗せて食べるものです。
あさりのバター煮もおいしくて、ますますテンションあがります。


マレーシアの水は飲める、と聞いて氷入りの飲み物をオーダー。
先生に私とK様のこれまでをざっくり話したり、
先生のこちらでの生活の様子もお聞きしたり、
私が生徒だったときの先生の年をはるかに今の私たちは越えているのに、
未だに私は先生の前だと生徒に戻るような気がして・・・・
中学時代、優等生で「努力すれば何でも手に入る」気がしていた私なのに、
結局なんてことないおばさんになってしまって・・・
ま、個人事業主として経済的に自立できる人生を歩んではいるけれど、
もっと何者かになるかと思っていた。
今の自分は無謀な挑戦よりも安楽な平安に浸かっている毎日。
思い出話も花が咲きました。
先生は、当時私たちのクラスの授業がある日は気が重かったそうです(笑)
なぜなら、当時は時代的に中学校が荒れている時代。
私のクラスにはやんちゃ坊主が数人いたから。
彼らには彼らなりの言い分があったらしいけれど、
先生にはつらかったらしいです。
(でもね~、優等生も辛かったんですよね~。
みんなが掃除さぼるから2,3人で教室掃除するのって。
サボりたいけど性格的にサボれない・・・涙)
でも、そんなときも同期の先生同士で飲みに行くことで励ましあってたって。
そのお話に出てきたほかの先生のお名前もなつかしく・・・
そして、K様が持ってきた卒業アルバムを
懐かしそうに「あぁ、この子」と一人一人を見ていらしたのが印象的。
私は非常勤職員で授業だけのかかわりだったからだけど、
教えた生徒の顔は漠然と覚えていても名前まで憶えている子はほとんどいないかも・・・
ここがわずか数年で教職をあきらめた人間と長く続けていた方との違い。
その後先生の勤務先を見せていただくことになったのですが、
先生が鍵を忘れてしまい残念。
先生の執務室の椅子に座っているお姿、見たかったのに(笑)
夜のお食事もヒルトンの「池輝」レストランでおいしく懐石をいただく。
胡麻豆腐、おひたし、お造りに始まり、焼き物なんてすっごくおいしかったけれど、
ムーディに店内が暗かったので写真はあきらめました。
話が盛り上がって写真を撮る間もなかったし。
そろそろお開きの時間になり、
K様が先生に「最後に何かお言葉を」とリクエスト。
ちょうど私たちの年のころに何を言われましたか?との問いに
「椅子が人を育てる」とのお答え。
その地位に見合う人間になるまで待つのではなく、
その地位が人を育てるとのこと。
さらにさらに「できなかったのはできる前にあきらめたから」
「丸い心よりとがった心」などなどやはり先生ですね。
引出大きいです。
もっとお時間が許せばもっと聞きたかったです。
個人事業主になってからは、誰かに注意をされることもないので、
喝を入れてほしかったので。
「椅子」探そうかな・・・
教員として校長先生まで教職人生を極めた恩師が
KLという新たな環境で頑張っていらっしゃる。
(ご家族のご理解あってのことだけれど)
ほぼ10歳違いの私と先生。
10年後の自分の設計図をこれから描いてみようか。
漠然と世界一周とか世界遺産を見尽くすとかではなく。
本当にいろいろお話できて楽しかったのですが、
もっと話すべきことがあったのではないか?と
ホテルに戻ってから反省したりして。
今回のメインイベントが終わり
K様と二人燃え尽きたように部屋でぼんやり。
明日は最終日、昼間世界遺産マラッカを見て夜の飛行機で日本へ戻ります。
この日の午後の観光については3日目の観光とあわせてお伝えしまーす。
12時にセントラルマーケットで恩師と待ち合わせなので、
午前中にKL市内を観光しようという予定。
7時に起きようとするも、
6時43分ごろ、日本からのメールで起こされる。
山梨県東部で震度5弱の地震が起きたとのこと。
心配・・・(その後も地震メールがちょいちょい届き心配になる)。
というわけで7時に起き上がると外はまだ真っ暗。
緯度が低いのと、マレーシアは東部の時刻にあわせたので(東部の島の北上に香港がある)、
本来は日本と2時間の時差のはずなのに1時間の時差のため
7時とはいってもまだ6時の感覚なのでした。
朝食後、いざ出発♪
タクシーで「マスジットジャメ(モスク)」を指定すると「20RM」とのこと。
駅から13RMだったのに、と文句を言うと「Holiday」と言われるのであっさり引き下がる。
休日の朝だからか道はすいていてあっという間にモスクに到着。
1909年に建てられたKL最古のモスクだそう。しかも、KL駅と同じくイギリス人ハボックの設計。
玉ねぎ型のドームのむこうに高層ビルが見えるのがKLらしい。
お祈りの時間は入場不可ですが、
異教徒でも入り口でスカーフとワンピースを借りて見学できます。
(インドネシアのムスリムの女性の衣装をなんというのかな?
ブルカやチャドルは眼だけ見せるような服装のことだと思うのだけど)
このスカーフは顔の周りがゴムのようになっていて、
しかもけっこうきつい!丸顔の女性が多いように思うけど顔が小さいのね。
っていうか、私が太ってしまったからなのね(現在もしかすると人生最高体重かも)
というわけで写真は公開できません。
イスラム建築もここ数年かなり見ていて、
幾何学模様や凝った彫刻に心惹かれます。
裸体の彫刻などがないのも好印象。
お祈りの場所には立ち入らないようにさらっと観光して立ち去ります。
お次は歩いてすぐの「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」
1890年代に建てられた旧連邦事務局ビル。現在は最高裁判所です。
モスクから歩いていると、いきなり目の前にすごい光景が!
どうもムルデカ広場(独立広場)はお正月の式典なのか、
色々なグループのパレードが通っていきます。
「この時期に来てよかったね~」またしても言い合う私たち。
マレーシアの国旗を持った女性たち。カメラ目線ありがとうございますっ。
お次は中華系のみなさま。今年は辰年だものねぇ。
沿道で出番待ちの子供たち。にっこりと笑ってくれてありがとう♪

この衣装はどの人たちかしら?
イギリスの植民地だったからなのか、バグパイプの一団も。
丘の上の王子様は残念ながらいなかったわ~。
しかし、こんなグループも。(「コスプレファン」とあった)

日本人が飛び入り参加?それとも現地のファンなのか?謎です。
他にも赤のミニクーパーの一団とかバイク軍団とか、
軍隊や消防団など一糸乱れぬ行進などなど、
次から次から来るのでハマってみていました。
ちなみにお目当てのビルはこちら。
KL観光は「るるぶ」に乗っ取って定番をまわっています。
よって、お次は川を渡ってチャイナタウンへ。
関帝廟~。
お参りのみなさまが多く、お線香が本当に煙いです。
ありがたさを越えて燻製になってしまいそう。
私は信仰を持たないので、すべての神様に真摯な気持ちでこれからの平安をお祈りしてしまいます(笑)
それから歩いてすぐのヒンドゥー寺院「スリ・マハ・マリアマン寺院」
今までバリでもカンボジアでもヒンドゥー遺跡ばかりで生きてるお寺は久しぶり(本場インド以来)。
なので、極彩色のお寺の装飾にびっくり。
なんだか、すごく活力ある宗教ですね~。
門のところで女の子二人が信者の方にお水を渡していて、
一緒に写真を撮ってもらったのだけど、
インドの女の子はぽっちゃりしていても顔がすっごくちっさい!
頭身が多いのか?その写真を見た師匠の感想が
「しゃおれん(仮名)は1歩前にいるの?」だった。
さてさて、るるぶによるとKL観光のおすすめは
3大宗教寺院と4つの歴史的建築とある。
寺院は見たので、残りの歴史的建築物も押えておきましょう。
(体力ある私につきあわされK様も大変だったことでしょう)
またしても川を渡り、
今度はKL駅。
この駅は今から約100年前1911年にハボックの設計により完成。
イスラムとインドの建築様式の融合、ムーア様式となってます。
屋根の上のとがったところなんて砂糖菓子みたい。
それにしても、駅はがらんとしていて不思議です。
KLセントラル駅のほうは夜でも混雑していたけど、こちらはメインじゃないのかな?
宗教の制約なのか女性専用車両なんかも見かけました。
駅のお向かいにあるマレーシア鉄道公社ビルも見ました。
土日はお休みとのことで、外観だけ。
写真はあまりよく撮れなかったので割愛します。
再び歩いてセントラルマーケットへ。
この時点で万歩計はほぼ1万歩。
K様、私を相方にしてちょっと後悔してる?
そして、時間がちょうど待ち合わせに。
はたして20数年ぶりの恩師は私たちに気づいてくれるのでしょうか?
こんな場所にいるアラフォー日本人女性2人組がいたら、そうだと思ってくれますよね?
最初になんて言おう?と頭の中がクルクルとまわります。
おしゃべり好きな割に気の利いたことが言えないたちの私なので。
そして、待ち合わせのセントラルマーケットの駐車場で向こうから近づいてくる一人の日本人男性が!
無事、再会できました。
ここからは、私は変なテンションなので
何をどう話したのかよく覚えていないのです。
とりあえず、私のことを覚えてくれているという話で
「大工さんの子なのに、よく勉強できたよね」という話から。
優等生で良かった~、と思った一瞬。
それと、どうも古文の時間に「好きな百人一首の歌」を
「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は物をこそ思へ」と言ったからとか。
昔も今も純情(?)な私、中学生時代にそんなこと言わないはず。
「恋すてふ~」とか「つくばねの~」だと思うのだけど・・・
まあ、覚えていてくださったことに感謝です。
それから先生の運転でチキンライスを食べることに。
そう、先生が運転しているんです!
今までアジアでプロの運転手でもない日本人が運転しているのって見たことがなかった。
現地独特の運転ルールがあって危ないから(笑)
先生の職場でも他の国ではドライバーを雇うらしいけれど、
マレーシアでは自分で運転していいとのこと。
先生の運転で郊外へドライブです。
お目当てのお店のそばでも、獅子舞が爆竹の煙と共に舞ってます。
派手ですね~。爆音です。
景気が良いことこのうえない。
さて、お昼を食べながらも先生がなぜこの地に来たのか?
私たちを送り出してからの、長い教師生活その他をお聞きする。
ちなみにお昼のチキンライスは、日本のケチャップ味のあれとは違って
蒸したチキンを乗せて食べるものです。
あさりのバター煮もおいしくて、ますますテンションあがります。
マレーシアの水は飲める、と聞いて氷入りの飲み物をオーダー。
先生に私とK様のこれまでをざっくり話したり、
先生のこちらでの生活の様子もお聞きしたり、
私が生徒だったときの先生の年をはるかに今の私たちは越えているのに、
未だに私は先生の前だと生徒に戻るような気がして・・・・
中学時代、優等生で「努力すれば何でも手に入る」気がしていた私なのに、
結局なんてことないおばさんになってしまって・・・
ま、個人事業主として経済的に自立できる人生を歩んではいるけれど、
もっと何者かになるかと思っていた。
今の自分は無謀な挑戦よりも安楽な平安に浸かっている毎日。
思い出話も花が咲きました。
先生は、当時私たちのクラスの授業がある日は気が重かったそうです(笑)
なぜなら、当時は時代的に中学校が荒れている時代。
私のクラスにはやんちゃ坊主が数人いたから。
彼らには彼らなりの言い分があったらしいけれど、
先生にはつらかったらしいです。
(でもね~、優等生も辛かったんですよね~。
みんなが掃除さぼるから2,3人で教室掃除するのって。
サボりたいけど性格的にサボれない・・・涙)
でも、そんなときも同期の先生同士で飲みに行くことで励ましあってたって。
そのお話に出てきたほかの先生のお名前もなつかしく・・・
そして、K様が持ってきた卒業アルバムを
懐かしそうに「あぁ、この子」と一人一人を見ていらしたのが印象的。
私は非常勤職員で授業だけのかかわりだったからだけど、
教えた生徒の顔は漠然と覚えていても名前まで憶えている子はほとんどいないかも・・・
ここがわずか数年で教職をあきらめた人間と長く続けていた方との違い。
その後先生の勤務先を見せていただくことになったのですが、
先生が鍵を忘れてしまい残念。
先生の執務室の椅子に座っているお姿、見たかったのに(笑)
夜のお食事もヒルトンの「池輝」レストランでおいしく懐石をいただく。
胡麻豆腐、おひたし、お造りに始まり、焼き物なんてすっごくおいしかったけれど、
ムーディに店内が暗かったので写真はあきらめました。
話が盛り上がって写真を撮る間もなかったし。
そろそろお開きの時間になり、
K様が先生に「最後に何かお言葉を」とリクエスト。
ちょうど私たちの年のころに何を言われましたか?との問いに
「椅子が人を育てる」とのお答え。
その地位に見合う人間になるまで待つのではなく、
その地位が人を育てるとのこと。
さらにさらに「できなかったのはできる前にあきらめたから」
「丸い心よりとがった心」などなどやはり先生ですね。
引出大きいです。
もっとお時間が許せばもっと聞きたかったです。
個人事業主になってからは、誰かに注意をされることもないので、
喝を入れてほしかったので。
「椅子」探そうかな・・・
教員として校長先生まで教職人生を極めた恩師が
KLという新たな環境で頑張っていらっしゃる。
(ご家族のご理解あってのことだけれど)
ほぼ10歳違いの私と先生。
10年後の自分の設計図をこれから描いてみようか。
漠然と世界一周とか世界遺産を見尽くすとかではなく。
本当にいろいろお話できて楽しかったのですが、
もっと話すべきことがあったのではないか?と
ホテルに戻ってから反省したりして。
今回のメインイベントが終わり
K様と二人燃え尽きたように部屋でぼんやり。
明日は最終日、昼間世界遺産マラッカを見て夜の飛行機で日本へ戻ります。
この日の午後の観光については3日目の観光とあわせてお伝えしまーす。






